私は人に頼るのが嫌いだ。甘えるのだって大嫌い。弱い自分を曝け出すことは最大の恥だと思う。名前のそういうところ、ほんと可愛くないねって、年下のくせに藍からぐさり言われたときは、どう甚振ってやろうかと思うほどには腸が煮えくり返っていたと思う。どうして腹が立つのかと考えれば、藍の指摘が当たっているからであって、それがまた過去のトラウマでもあったから。
「そのトラウマを作ったのがレイジってこと?」
「大体あたり」
 先刻、彼らの作曲家でもある七海さんが持ってきた差し入れをひとつまみ。サクリと口の中で砕けたクッキーは、口内の水分を奪っていく。少しずつドライになった私と嶺二の関係みたいに。
「なにそれ」
「だってー、アイツはトラウマには関係するけど、嶺二自身が諸悪の根源じゃないっていうか、それでも嶺二もその対象になってしまったというか」
 視界の隅で楽しそうに綻ぶ二つの花。ああ、なんて綺麗なんだろう。数ヶ月と経たない前には私に向けられていた、明るくて脆い笑顔の花。もう二度と私のためには咲いてくれない、唯一無二の…――。

***

 嶺二は私の太陽だった。そういえば周りは大げさだって笑っていたが、私が進むべき方向を照らしてくれるのはいつだって彼だったから。
 そもそも嶺二と付き合うきっかけだって、私が周りを頼らなすぎるあまり、彼がおせっかいで私の世話を焼いてくれたからだ。どれだけ切羽詰まってようが、体調崩そうが、ヘマして内心ボロボロだろうが、甘えることだけは絶対に嫌だった。そんな状態の私に声をかけたのが嶺二だった。本人は見かねてと言っていたが真偽はわからないけれど、思わずお兄ちゃんって言いたくなるような顔で「ご飯食べに行こっか」と誘ってくれたのだ。あの瞬間に嶺二が声を掛けてくれたから、私は良い息抜きが出来て、仕事も順調に進んだと思う。
 それからもずるずると嶺二はおせっかいで私の身辺の心配をしてくれた。
「もー、名前ちゃんってほっといたら部屋のベッドで突然死してそうで怖いんだけど!」
なんて言うから、思わず
「そんなに心配なら付き合うなりなんなりして、嶺二が見張っとけばいいじゃん」
とか言っちゃって。そしたら嶺二も嶺二で、その案いい!みたいな顔しちゃって。なんてこと言っちゃったんだろうって思ったのに、向こうが満更でもない顔するから勘違いしてしまいそうだった。
 そういう反応は好きな人にしか向けちゃだめだって言ったのに、嶺二は撤回しようともしない。勘違いしちゃうからって笑えば「してほしい、かな」と。
 まさか本当に付き合うことになるとは思わなかった。お互いに冗談めいて話しているものだと思っていたから、嶺二がそんな反応するとは毛ほども考えていなかった。だからといって嶺二と付き合ったり、そういう関係になるのが嫌というわけではなかった。色々とさらけ出せたし、初めて「私」を受け入れられた気がした。
 幸せだった。月並みな言葉でしか表せないけれど、とにかく幸せだった。毎日がこんなに輝いて見える日が来るなんて思えなかった。それもこれも全部、嶺二が「私」という人間を受け止めて、「私」を理解してくれたから。
 そういう風にしてくれた嶺二だったから、甘え過ぎていたのかもしれない。あっという間に可愛い後輩が現れて。しかも性格などなど私とは正反対で、嶺二には刺激的だった。私の性格が改善されたかと聞かれれば全くもってその兆しはなく、お察しの通りだ。
「名前ちゃんには僕より気が利く男の人が似合うよ」って。嶺二以上に気づいてくれる人がいるとは思えないし、思いたくなかったのに「そうかもね」なんて言葉が、私の噛み締められて腫れた唇から滑り落ちていた。少しだけ震える手に馬鹿だなーって思ってみても、現状がどうこうなるわけでもなく、後輩の元へ足取り軽く向かう嶺二の背中を見つめることしか出来なかった。

***

「名前の話はどんどんよくわからない方向に進むよね。クセ?」
「その台詞だけ聞くと私が着地点知らずのアホみたいじゃん」
 食べかけのクッキーを藍の口の中に無理やり詰め込む。眉を寄せて此方を睨む藍にだけ聞こえる大きさで「ごめんね」を告げると、彼は複雑そうな表情を浮かべた。
「しょうがないから今日だけ許してあげる」
 本当は全部知ってる。彼の瞳がそう言っているように見えた。また自分の拠り所を探しているようにみえるのかもしれない。
「ありがと、藍」
 自嘲に似た笑みを浮かべたとき、嶺二が此方を見ている気がした。…なんて有り得ないのに、そんな風に勘違いしてしまうのは、私の目が未だに彼を追っているからで。本当馬鹿だな。

瞬様リクエスト/130607
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