第一印象はただのマネージャー。こういうのいるいるって感じの、どこにでもいる、ちょっとだけドジが目立つ人。それがたまに腹が立って、なんでこの人うちのマネージャーなんてやってんの、なんて思ってた。相手は先輩なのに。
 それが覆されたのは、入学してから二ヶ月経ったぐらいだった。緑間と居残り練習するようになってから気付いたのが癪だったけど、ただのマネージャーがうちで一番信頼される所以に遭遇してしまった。だって、まさかあの人があんな時間まで仕事してると思わないじゃないか。
 さらに驚いたのが、ただのマネージャーはうちで一番怖い先輩と仲が異常によろしいってことだ。どう考えてもあの人と先輩は真逆に位置するとしか。水と油だし、夏と冬って感じだし。
 それがどうだ。あのおっかない先輩が、だ。あんなにも慈しむような瞳でマネージャーに声をかけて、優しい手つきで彼女の手を取ったじゃないか。マネージャーが遅くまで仕事していたのも驚きだが、その時間帯まであの先輩が待っていたというのも驚きだ。しかも至極当たり前のことのように「今日はもう帰んのか?」って、今日以外も知ってるんですか。たまたまじゃないんですね。
 ありきたりな発想しかできないオレの頭じゃ、あの二人は付き合っているという答えを自ずと導き出した。だって誰がどう見ても、あの表情は恋人に向けるものだろう。そう思っていたのだが、その答えはあっという間に否定されてしまう。
「あいつらなら付き合ってねえぞ」
「…へ?」
「幼なじみってオレは聞いてるが」
 もちろん本人達に聞く勇気ってものは微塵も持ち合わせてないので、先輩と仲の良い先輩に話を聞く。するとどうだ。先輩はあっけらかんと二人の関係を暴露したじゃないか。しかもオレの予想とはだいぶ違った答えを提示して。
「え、でも、あんな…」
「そうそう、オレも付き合ってると思ってたんだけどなあ。宮地に聞いたら「違えよ刺すぞ」なんて言われるしな」
「あー…、そっすか」
 ちらりと盗み見た二人の姿は、やっぱり付き合っていると言われても疑いようがないほど仲睦まじい。というか、あれで付き合っていないなんて詐欺だ。
 ぶつくさと文句を垂らしながらシュート練に励めば、緑間から「集中しろ」なんて小言を言われてしまう。集中出来てないのは事実のため、うっと言葉に詰まってしまった。
「真ちゃんはさー」
「その名前で呼ぶな」
「宮地先輩と名字先輩のこと、どう思う?」
「無視か」
 ひゅっと投げられたボールは綺麗な放物線を描いてゴールネットを揺らした。相変わらず正確無慈悲なゴールを投げられるこった。数年前は憎たらしかった相手だが、今となっては頼りになる相棒だ。
「…残念だが、オレは木村さんが言っていたいように幼なじみにしか見えないのだよ」
「えー、うっそー」
「きっと宮地さんの目的は『そう』見られることだ」
 もう一本。緑間の手から放たれたボールは吸い込まれるようにゴールへと向かう。
「なにそれ」
「あの人たちなりの防衛なのだろうな」
 ボールが弾む音をどこか遠くで聞きながら、頭の中を整理する。
 緑間の言っていることが分からないほど、馬鹿なつもりはない。これでも秀徳には一般入試で合格したのだ。それなりの理解力を兼ね備えているつもりだ。
 つまりだ。彼らは意図して自分たちが付き合っているように見せているのだと二人は結論を導き出した。どうしてそうする必要があったのかはさすがにわからないのだが、あの二人にはそうせざるを得ない何かがあったのだろう。自己防衛なのか、互いを守るために始めたのかは知らないが、きっと本人たちは後者のつもりなんだろう。
「自分のために相手に縋る、ねえ…」



 だからこの光景を見るのも二年目に突入したってわけだ。初めて目にした時は何処のバカップルだ、他所でやれと心底思った。月日を重ねるに連れ、その認識は間違ったものだと知らされたのだが、きちんと確認しなければなんというか、釈然としなかった。
「宮地ってさー、名字と付き合ってんの?」
「はあ? 付き合ってねーよ。幼馴染だよ、腐れ縁」
 心底面倒くさい、何言ってんだこいつは。そういう空気を醸しているくせに、奴の顔は何故か満更でもないように見える。まるでそう見えることを望んでいるような。
「そういやさ、この前あいつ告白してたよな」
「…あー、おう」
 たまたま、本当に偶然見かけただけだった。明日は休日だというのに、どうしても必要なものを教室に忘れてしまったから、静まり返った教室まで慌ただしく足を動かす。下校時間はとうに超えていた。
 自分のことで精一杯だったから、廊下で行われる恋愛のあれこれに気づくのが一歩遅れてしまったのだ。あっと思った時には名字のか細い愛の告白を鼓膜が捉えていた。この時点で宮地と名字が付き合っているという仮説は崩れたのだが、宮地が名字に思いを寄せているという仮説はそのままだ。
 友人の、宮地のためにも結末を聞くべきだったのかもしれないが、知り合いのこういった場面を盗み聞きすることをほど胸糞わるいことはない。足早にその場を立ち去ったのだが、彼女が告白をした相手だけはしっかりと聞いて、そして見てしまった。
「相手って、同じクラスの」
「それ以上言ったら、いくらお前でもぶん殴る」
 こいつがそういうってことは、名字の告白は失敗に終わったということだろう。結末を聞かなくて正解だったし、居合わせなくて大正解だった。翌日に付き合っている彼女から小言を言われる未来を選択して間違いじゃなかった。
 ただ先程の台詞を言い放った宮地の顔は少しだけ怒気が入り交じっていて、思わず「わりぃ」と口にしていた。確かめようとしただけだが、宮地には違ったニュアンスで聞こえたのだろう。
「アイツの話されっと、すげえ腹立つんだよ」
「ふーん」
 それは嫉妬的な意味で? 恋愛的な意味で? それとも…。なんてことが聞ける間からでもないオレは、適当な相槌を打って宮地の視線の先を眺める。もちろんそこには名字が楽しげに友人と笑う姿があった。恋愛経験値の低い人間から言わせれば、何処をどう見ても名字を慈しんだ瞳をしているのだが、ある意味経験豊富な友人は「あれは完全にイッてる人間や」と笑っていたのを思い出す。何がどう「イッてる」のか、これまたちっともわからないのだが、宮地が見せる表情に時々悪寒が走ることだけは確かなことだった。



 秀徳のマネージャーだとばかり思っていた。それにしてはやけにバスケの事を知らないし、出来るのは洗濯と料理ぐらい。使えるようで使えないマネージャーというイメージが強くて、彼らの会話にワンテンポ遅れて反応してしまった。
「あの子、正式なマネージャーじゃないの?!」
「え? ああ…、そうっすよ」
 ホークアイの使い手、高尾くんはさも当たり前の事のように頷いてみせる。じゃあなんだって此処にいるのだ。秀徳に限って、マネージャー不足なんてことはないだろう。あっちは強豪校だ。たとえ仕事が殆ど無いに等しいにしろ、秀徳高校のバスケ部に所属していた、それだけで箔が付くのだ。
 隣に佇む緑間くんでさえも「あの人はドリンク作りと炊事洗濯以外にマネージャーらしいことは出来ん」と断言する。ようは彼女はバスケに関してはずぶの素人、もしくはそれ以下ということだ。
「じゃあなんで、こんな合宿に…」
「さあ? オレらも詳しくは知らないっつーか…、なんとなくなら予想つくんすケド、やっぱりかーみたいな」
「どういうことよ」
「んー、なんて言うか、ほら。あの光景見たほうが理解出来るんじゃないんすか?」
 そう言った高尾くんが指差したのは、三年の宮地さんと例の彼女が何やら親しげに話し込む姿。どこか初々しいカップルを思わせるような雰囲気に、思わずこめかみ辺りに力が込められる。
 此処はバスケットコート、選手の聖域。決してあんなカップルのために用意された場所ではない。そう思えば思うほど、体中の筋肉がこわばっていく感覚がする。
「あ、誠凛のカントクさんが思ってるような関係じゃないっすよ、あの人達」
「あれは付き合ってるっていうのよ」
「残念だが、そうじゃないのだよ」
 得意げな顔をした緑間くんは眼鏡のブリッジを人差し指で上げつつ「あの人達は幼馴染だ」と言い放った。あんな甘い雰囲気を醸しながら幼馴染?笑わせてくれる。経験はないが、アレは確実に恋人同士だからこそ…。
「オレらが言うこと信じらんないなら、本人に聞くといいっすよ。ほら、お二人は同性同士だし、恋バナとか出来ちゃうんじゃないんすか?」
 にたり。意地の悪そうな顔をした高尾くんはそれだけ言うと、緑間くんと共にシャワールームへと歩き出す。しかしな、少年。人生はそう簡単に事が運ばれないものなのだ。部屋は同室でもないし、キッチンを使う時間帯も別。彼女と一緒になる時間なんて、入浴時間が被るなんて偶然が起こらない限り一向に来ないに等しいのだ。
 と思っていたのだが、私の人生とは案外簡単に出来ているものらしい。
「あ…、えっと、先にいただいてます」
 湯船に使ったままの渦中の彼女が、少しだけ恥じらいながら私に声を掛ける。体に巻いたタオルを落としてしまうかと思った。実際に落ちたのはタオルではなく、手の中に収めていた洗面用具だったのだが。
 ゆっくりと湯船に浸かっているところを見ると、彼女はもうじき上がってしまうのだろう。せっかく得たチャンスだ、逃す訳にはいかない。そう考えるが先か、体が動くが先か。あっという間にシャンプー・リンス、体も顔も洗い終え、一目散に湯船を目指す。普段ならこれの三倍近く時間がかかるというのに。目的のためなら手段を選ばないって、こういう時にも当てはまるのだろうか。
「あの…、名字さん、で合ってますよね?」
 ちゃぽん、なんて音を立てながら湯船に肩まで浸かる。
「合ってますけど、名前でいいですよ」
 人当たりの良い笑顔を浮かべながら彼女は答える。彼女の見ためでは分からないが、宮地さん以外の三年生とタメ口で話していたところから推測するに、彼女は私より年上だ。それなのにこの態度。これは最初から直球な質問をぶつけても大丈夫、とみた。
「えっと、じゃあ…名前さん。あの聞きたいことがあるんですけど、」
「えっ!? いいけど、その、バスケの専門的なこととかは分かんないんだけど…」
「いえ、そう言うんじゃないんで!」
 にっこりと笑って全身で否定する。バシャバシャと湯船のお湯が揺れる音の向こう側で、彼女が「だよね」と小さく笑っていた。
「答えにくいと思うんですけど、み、宮地さんとお付き合いとか、されちゃってたりするのかなーって…」
「……っ」
 高尾くん達に答えを聞いていたとはいえ、何ともいえない表情で押し黙られてしまったら何というか、入り込んでは行けない場所に足を踏み入れた心地だ。KEEPOUTの文字をガン無視して、一歩踏み入れた途端に地雷を踏み当てたというか、そういう感じ。一言で言えば、「やってしまった!」だ。
 眉尻を下げた彼女の口元が、ぐにぐにと何かを言い淀むように歪む。うっすらと色づいた頬は湯船によってなのか、私の不躾な質問によってなのか、そこをしっかりと見ていればよかったと思ったのは、次に発せられた彼女の答えのせいだ。
「私と清志は恋人以下だけど、恋人以上なの」
 わけわかんないでしょ? 惚けた様に笑った彼女は、ざぱあなんて間抜けな音を出して湯船をたつ。その際に見えてしまった鬱血痕は誰によって付けられたのかなんて考えずとも、先ほど彼女がくれた答えのせいで導き出されてしまう。
 おいおい、誰だよ。ただの幼馴染だなんて私に教えた奴。あ、いや「ただの」とは一言も言っていないか。どちらにしても私の知っている「幼馴染」の枠からは十分はみ出している。 それに…、あんなグズグズの関係は、きっと二人を壊す。



 私には幼馴染がいる。友達より親友より、好きになった人より初めて出来た彼氏より、ずっと一緒にいる家族よりも大切な幼馴染が。幼い頃から一緒にいたのだから、家族と同じかそれ以上の愛情を持って接していてもおかしくはない。というのは私の持論だ。
 宮地清志。それが私の唯一無二の幼馴染。清志がいるから私がいて、私がいるから清志がいる。清志がいなくなってしまったら。そんな不毛な事を考えるだけで、私は死にたくなる。そう親友に話したら「そんな大げさな」と笑ったが、これは冗談でも大げさな話でもない。私に清志は必要不可欠なのだ。
 初めて彼氏が出来た。清志にも報告をした。彼は自分のことのように喜んでくれて、それがまた嬉しかった。でも彼とのデートより清志の試合や清志と出掛けることを優先していたら、あっという間に「別れてくれ」と言われてしまった。何か悪いことでもした? そう問うたら、彼は引くついた笑顔で「無自覚とか性格悪ぃな、お前」と。最低だとも罵られてしまった。あんなにも彼のことを愛していたのに。
 気付いた時には清志の部屋の前にいた。遠慮がちにノックした扉の向こう側から清志の声がする。ゆっくりと開け放てば、肺の全てが清志で満たされた。
「どうかしたのか」
 その一言を聞いた途端、涙腺は弾かれた。彼に振られてしまった。私の何が悪かったの。あんなにも好きだったのに。わんわんと小さな子供のように泣きながら、清志に縋りつく。痛い、痛いの、清志。
「清志は、私から、離れないよね?」
 あれは、恐らく懇願だった。
 私の言葉を聞いた清志は、世界中の誰よりも優しい顔をして一言だけ答えたのだ。
「オレはずっと名前の側にいる」
 ぎゅっと抱きしめられた体はぎりぎりと悲鳴をあげる。痛い、痛いよ、清志。でも、生きている心地がするの。
 それからはずっと清志と一緒。体ごと一つになる日もある。けれどキスはしない。だってキスは好き合ったもの同士がすることだから。初めて清志に触れられそうになった時、そう伝えれば彼も「そうだな」と同意してくれた。
 この前、心の底から好きになった彼に人生で初めて告白をした。結果は惨敗。あまりにも呆気なくごめんなさいを言い渡されて、私の唇からはぽろりと「どうして」という言葉が飛び出していた。
「だって君は宮地と付き合っているんだろう?」
 違う、そう否定すれば未来は違ってくるんだろうか。言葉を発するために空気を吸い込んだ時、ぴりっと鈍い痛みに襲われた。こんな時に子宮が痛むだなんて、まるで体が清志以外を拒んでるみたいじゃないか。
 結局何も言えず、また清志に縋りつく。振られてしまったの。そう一言伝えれば、清志は私を包み込むように抱きしめてくれるのだ。
「大丈夫だ、オレがずっと名前の側にいてやるから」
 彼の整った顔が私の首筋に吸い込まれる。ちりっという痛みによって、私の体に鬱血痕が生まれる。人はそれをキスマークと呼び、時にそれは所有物の証と言われた。
「清志がいなきゃ、やあよ」
 彼の大きな手を取り、そっとくちづける。いつか彼が言っていたから。ここはリストバンドを付ければ隠れるからと。でも私知ってるのよ。清志ってばリストバンドつけないこと。だったらやめればいいじゃないって話だけど、絶対にやめてあげない。清志に彼女がいてもいなくても、出来ても出来なくても。これは私だけの特権だもの。


墜落にただあこがれて
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