「今日はみんなありがとう」
 まさかのサプライズ。といっても誕生日ならありがちなやつだ。みんな仕事がオフなんてことあるわけないのに、無理矢理スケジュールを合わせてくれたらしい。だかられいちゃんが「仕事がつめつめだよ〜」って嘆いてたのか。申し訳ないけど、ちょっとうれしい。
 いつものお店には特別に誕生日ケーキが用意されていた。「HappyBirthday!!おとや」という文字が書かれたチョコレートプレートと数字が象られたろうそく。音也はこれ食べろーなんて言われて、プレートは全部オレが食べることとなった。甘党たちのじとーっとした視線に耐えながら食したので、独特の甘みはあまり感じなかった。
 そんなサプライズも、ついさっきお開きとなった。これから仕事だっていう面子もいて、申し訳ないと思っていると、ぺしっと頭をはたかれた。どうやら考えていることは見え見えだったらしい。しょうもない事は気にするなって。周りに恵まれてるなと改めて実感しながら、へへっと笑ってみせる。そしたらすぐに「緩みすぎです」ってトキヤに釘刺されてしまった。

 帰ってきてすぐに軽くシャワーを浴びた。体はさっぱりしたのに頭はすっきりしなくて、タオルで力任せに頭を拭く。がしがしと揺られる脳内はいらぬ事ばかり考えてしまう。
 乱暴に注いだスポーツドリンクをぐいっと飲み干して一息つく。結局連絡はなし。当たり前か。互いに大事な事は全然覚えてなくて、くだらないことばかり覚えていたのだ。「大事」というベクトルが、オレと彼女じゃ違うのかもしれない。彼女にとって大事なことは、オレにとってどうでも良いことだったりするのかもしれない。
 そう考えると当然っちゃ当然だが、寂しく思ったって良いじゃないか。誕生日といえば、年に一度しか訪れない特別な日。普段はならない携帯を思わずぎゅっと握りしめた。
 窓から見える街頭を指でなぞる。ひとつ、ふたつ。ひとつ増えてしまった年の数まで数えて、はっと溜息を吐く。こんな事やったってしょうがない。お互い忙しい身だというのは重々承知している。パパラッチが怖くて恋愛なんてしてられるかと思うのだが、実際問題は社長以上に怖いものかもしれない。彼女もオレも、まだまだ上り坂の途中。こんなところで転けてられない。
 それでも電話くらい。一言だけでいいから声が聞きたい。でも妙なプライドのせいでそんな理由じゃ電話はできなくて。ふと見上げた窓の外には綺麗な月が浮かんでいる。じゃあ月が綺麗だから電話しちゃった? だめだめ、あり得ない。そんな女々しい理由で電話してしまったら、彼女は笑うだろう。だからって誕生日だから、おめでとうの一言が聞きたくてなんて正直に話すのも、やっぱり恥ずかしい。
 一向に鳴らない携帯の照明を点けたり消したりを繰り返す。こんなことをやったって電話がかかるわけないし、かかってくるわけもない。ただ時間だけが過ぎていく。誕生日はあと10分足らずで終わってしまう。特別な魔法は簡単にとけてしまう。
 もう諦めてしまおうか。明日も午前中から収録が入っていたな。もう髪の毛を乾かして寝てしまおうか。そういう結論を出してしまう直前、手の平のなかで小さな機械が振動を伝える。慌てて相手を確認して心が躍る感覚に、口端はくっと持ち上げられた。
「もっ、もしもし!」
『もしもし、音也?』
「うん! 音也!」
 勢いよく出たためか、言葉ひとつひとつのボリュームは最大値。もちろん電話相手にはダイレクトに伝わるので、彼女はくすくすと笑いながら「声大きいよ」と。トーンが低いわけでもなくて、どちらかと言えばちょっと楽しげなものだ。何が彼女をそうさせてるのかはわからないが、その要因に少しでも自分が荷担できていたらいい。
『もしかしてもうすぐ寝るとこだった?』
「うーん…、大丈夫」
『こんな時間にごめんね』
 遠慮しあう仲ではないのに、そうやって他人行儀にされると…ちょっと腹が立つ。なんでそういう事言うのかと突っかかりたいところだが、今日は些細なことで喧嘩なんて避けたい。…まあ、特別な今日もあと数分で終わるのだが。
「そういえばさ、今日ね」
『待って待って! ストップ!』
「えー」
『私まだ大事な事言ってない』
 すっと一息。酸素が吸い込まれる音がする。
『お誕生日おめでとう、音也』
 鼓膜が、脳が、体のすべてが喜びを訴える。この一言をどれだけ待ち望んでいたのか。ぷるぷると震える唇からは情けない音しか漏れない。こぼれ落ちた台詞だって「覚えてたんだ」っていうかわいげのないもの。
『当たり前じゃん。大切な人の誕生日ぐらい、いくら私でも覚えてるよ』
 そんなフレーズへの返答は、びっくりするくらいかわいげのあるモノ。胸がキュンとしたなんてレベルじゃない。ああ、もう、本当に。
「バカ、一分遅いよ…」
 涙がこぼれてきたことを悟られないように声を絞る。耳元で嘘ー!だとか騒いでる彼女をよそに、さっきまで髪の毛を拭いていたタオルで顔を思い切り拭う。
 朝は何時に起きたら大丈夫だっけ。久しぶりの電話だし、もうちょっとだけ話していてもいいよね。次がいつかもわからないし、まだまだ充電したりないから。


HappyBirthday Otoya!!/130411
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -