小さい頃、先生がよく「自分の持ち物には名前を書きましょう」って口煩く言っていた。確かにあの頃は団体生活だったし、周りのみんなと同じようなものを持っていた。クレヨンだって、はさみだって、のりだって。制服だって、もちろん同じものだ。違うのはサイズとか着ている時間によって褪せてしまった色とか。
 幼い頃の習慣というのは、体に染み入ってることがよくある。さっきの持ち物には名前を〜って習慣だって、根深く残ったままだ。
 潔癖症って言われるほどじゃないが、他人に使われたくないものには極力名前を書くようにしている。書けないものには刻字なり、印字なり、とにかく自分の持ち物だと分かる目印をつけるようにした。
『涼太くんって、持ち物にはちゃんと名前書くよね〜。律儀!』って、バカじゃねえの。所有物が何処の誰だかわからない人間に触られたら嫌じゃん。


「涼太のくれるプレゼントって、いっつも身につけるものだよね」
「そう?」
 今日が誕生日だった名前のために用意したプレゼント。それを手に取りながら彼女は口角をゆるゆると上げていく。体全身からにじみ出る『嬉しい』という感情は、空気を伝い、ここまでやってきた。
「そうだよー!」
 これも、これも! と彼女が見せてきたものは、指輪にピアス、香水にハンドクリーム。こんなに彼女に与えてきたのかと思ってしまったのに、心は少しだけ浮き足立つ。単純。そう言われても仕方ないほどに、だ。カラカラだった大地に水が染み渡るような感覚に体が震える。
「ちゃんと身につけてくれてるんだ」
「そりゃあ…、大好きな彼氏様がくれたものだから」
 お天道さまもビックリの笑顔で彼女は此方を振り向く。眩しいな。薄汚れた感情ばかり持っている自分が、ちっぽけで汚らわしいほどだ。
「でも涼太は身に付けるもの欲しがらないよね」
「これでも一応モデルなんでね。スキャンダルとか命取りなの。わざわざ自分で種蒔くほど、オレ、バカじゃないから。わかる?」
 純粋という言葉は彼女のためにあるのだろう。取り繕ったような理由にも「うん」と天真爛漫な笑顔で返事をする。純粋で、真っ白で、無垢すぎる。
 たまに彼女の純粋さが、ただの馬鹿みたいに見えることだってある。彼女の右斜め上をいく返答に、あの青峰っちが「よくアイツに手を出せたな」というほどだ。確かにコイツ意味わかってんのかって思うことがあるけれど、個人的にはそれくらいで有難い。有難すぎるのだ。
「うーん、でもさ、いつかは涼太とお揃いの指輪とかさー」
 蛍光灯に指輪をかざした名前が、ほんの少しだけ不満気に唇を尖らせる。女子ならば一度は夢を描くペアリング。互いの薬指に収まるそれをフェイスブックだとかツイッターだとかにアップして、僕達ラブラブですよ〜なんて、知りたくなかった情報を振りまきたい年頃なのだろう。
 掲げられた名前の手をそっと下ろして、彼女の額に口付ける。
「それはもうちょっと先でもいい?」
 小首を傾げて伝えれば、かーっと頬に赤を集めて、彼女を俯いてしまった。チョロい、なんて言ったら怒られてしまうだろう。今度は彼女の顎下に手を伸ばし、くいっと上向かせる。恥ずかしそうに眉根を寄せた彼女と目が合えば、もう一人の自分が舌なめずりをした。
 唇と唇の隙間を埋めるようなキスを繰り返す。そっとずらした肩口から見える無数の赤に、またあの感覚が体を襲った。
―― ごめんね、名前。オレはまだ名前の所有物になる気はないんだ。
 花弁が散らばった彼女の体とは逆の、まっさらな己の体。幼い頃に習った、持ち物に名前や目印を付けることは忘れていないけれど、つけられることは今のところ一度もない。きっと名前のものになることも無いのだ。彼女と同じ場所に揃いのリングが収まることだって、決して ―――。

其の全てが、貴方のもの/130411
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