―― お昼休みだからって、中庭なんか眺めなければよかった。
 そう考えてしまっても、後の祭り。ほんのり甘かったはずの卵焼きも、今は何処か味気ない。ただもそもそとした食感だけが口の中に広がり、水分を奪われていく。今日はなかなかの出来だったのにな。
 恋とは時に人を勇気づけ、時に人を傷つける。長年連れ添った友人のように慰めてくれることもあるし、突如として刃渡り数十センチはありそうな凶器で刺されることだってある。
 現在の私の状況は、言わずもがな後者だ。何が悲しくて親友と想い人のランチシーンを目撃しなければならないのか。彼らが相思相愛だというのは、なんとなくだが空気や雰囲気で知っていた。それでも目の当たりにすると、胃の辺りがキリキリと痛みを訴える。つまりは精神的にくるのだ。

「一人で昼食とは寂しい青春だな」

 突然襲いかかった胃痛とどう戦うべきか悩んでいると、頭上から聞き慣れた声が聞こえた。「日向」と彼の名前を口にすれば、私の前の席にどっかりと腰を掛ける。机の上に置かれた弁当箱を覗いてあれが美味そうだの、これが美味そうだのと言い始めた彼だって今は昼休みのはずだ。

「日向こそ。ご飯は? 昼休みだよ」
「あー…」

 言葉が濁る。その先は互いの事を思えば聞いてはならないのに、好奇心というものに抗えるほど私は大人じゃない。むしろまだまだ子供なのだ。
 なになに? と興味津々の表情で日向に詰め寄れば、彼は頬をぽりっと掻いて、ほんの僅かだけど眉を垂らした。

「購買行くつもりだったけど、ちょっとな」

―― そういうことか。
 どうして行かなかったのか。なんて、そんな質問は野暮すぎた。うちの高校の購買は中庭にある。私が親友と想い人を見かけたのも中庭。彼が行くつもりだった場所も中庭。

「キューピットなんて柄じゃないくせに」
「うっせ」

 そういって日向は私のお弁当のおかずをひとつ、ひょいっとつまみ食いする。あー、それも上手く出来たと思ったからあげ…。悔しさをブレンドしたような哀しげな私の顔を見た彼は、にっと笑って「美味い」と一言。自慢じゃないけれど、親友よりも上手く料理は出来るつもりだから。

「お前だって中庭見てアンニュイな雰囲気醸し出してたくせに」
「うっせ」

 今度は取られる前に残りのからあげを頬張る。口内にじわりと広がる肉汁に思わず口元が緩んだ。

「報われねーな、オレら」
「一纏めにしないでよ」
「寂しいこと言うなって」

 もうお弁当の中身を取る気は無いのか、彼は片肘をついて、ぼーっと中庭を眺める。それに釣られるように私も中庭を眺めれば、そこにはまだ彼らが楽しげな笑顔を浮かべていた。二人の周りにある空気はまるで花が咲いているようだった。つまり、それは――。

「幸せそうだな」
「うん」

 伏せがちな目蓋の下で、彼は何を思うのか。また誰を想うのか。
 誰もこんな恋の形は望んでいなかったのに。不毛地帯に咲いた一輪の花を欲しがる側になりたいなんて、一度たりとも願わなかったのに。枯渇する地表で雨を欲しがる側になりたいなんて、考えたことなかったのに。
 慌てて作ったおひたしをひとくち頬張る。途端に広がる、しょっぱい風味。これは失敗したかもしれない。

「あーあ…って、何で泣いてんだよ」
「え?」

 頬を乱暴に拭えば、確かにそこには涙が流れていた。アンニュイも度をすぎれば、涙が出てくるのか。恋わずらいなんて可愛いもの、必要なかったんだけどなあ。

「おひたし、失敗してしょっぱかったから」

 ありがちな言い訳。それでも日向は笑ってくれるのだ。今だって、本当は何で泣いてるのかも検討ついてるくせに、笑い飛ばすかのように「からあげは成功してたのにな」って。有難いな。でも、アンタって本当にバカだな。心で誰より泣いてるのは日向だって知ってるよ。

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