うちの病院で、普段は見かけることのない人影をふたつも見かけた。しかも並んだ状態で。別に何も見なかったふりをしようと思えば、出来ない距離でもなかった。それなのに思わず声をかけてしまったのは、お世辞にもいい雰囲気とは言い難い空間に彼らがいたからだろう。

「何やってんですか」
「賢二くん」
「けん…、ああ、山口さんとこの」

 彼女はオレの名前を口にすると、少し気まずそうな顔で微笑む。一方、何やら言い合ってる風だった相手、吉田優山はさほど興味無さげに「久しぶり」と口にした。
 もう一度だけ何をやっていたのかと問えば、二人は顔を見合わせて肩をすくめる。片方は「世間話だよ」と笑い、片方は「なんでもないよ」と誤魔化す。決して嘘が下手くそな人たちじゃないのに、ぎこちなく見えるのは、相当焦っているからだろう。何が彼らをそうさせているのか。

「じゃあ僕はもう帰るから。明日はよろしくね」
「うん」

 それだけ口にすると、彼は片手を上げて、人当たりのいい笑みを浮かべたまま去っていってしまった。声をかけられた彼女も彼女で、未だに複雑そうな笑みを浮かべたまま。
―― あー、もしかしてオレ空気読めてなかったとか。
 瞬時に考えついたものは、おそらく当たっている…と思う。申し訳ないという気持ちを込めて、彼女に一言謝罪を送れば、彼女はまた頼りない笑みを浮かべた。

「賢二くんはさ、優山が普段から女の子と対等に話してる場面に遭遇したことある?」
「あー…まあ、それなりに」
「その子は彼氏とかいたり?」
「そうっすね」

 だよねーっと脱力した彼女は自嘲気味に溜息を吐く。ふふっと笑った彼女の体は、小刻みに揺れていた。

「あいつがそうやって話す相手は、決まって恋愛対象外なんだよ」
「はあ」
「悲しいね」
「悲しいって」
「明日はアイツの彼女役なんだって、笑える」

 そういった彼女は、今日見た中で一番哀しい顔をしていた。先程まで彼がいた場所に手を伸ばして、何もない場所を抱きしめる。ああそうか。彼女は彼のことが…――。

愛も知らずに抱きしめた/130331
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