好かれているとは微塵も思っていない。どちらかと言えば、嫌われると思っている。だからと言って簡単に諦められるほど軽い気持ちではない胸のくすぶりは、どうやって消化していけばよいものか。
 クラスメイトと他愛もない雑談に花を咲かせながらも、視界の端にちらりちらりと綻ぶ、何よりも美しい笑顔の花。ああ、今日も可愛いな。そうやってこっちにも笑いかけてくれたらいいのに。やべぇ、オレ、あの窓ガラスになりたい。
 馬鹿げた思考回路が平常通りの運転に戻ったのは、斜め前に座ったクラスメイトの「黄瀬、お前さ、さっきから誰見てんだ?」という言葉。弾かれたように言葉を発した彼の方を向くも、時すでに遅し。にやにやと口元を緩めた彼と視線が重なったのは言うまでもない。自分の迂闊さに眩暈がした。
「黄瀬でも恋するんだな」
「悪かったッスね。これでも健全なコーコーセーなんで」
「でもよ、相手が名字」
「あーあーあー!」
 ぎょっとした勢いのまま、彼の口元を覆う。ばくばくと大きな音を立てながら脈打つ心臓を宥めつつ、彼にしか聞こえない音量で「それ以上言ったら、いくらアンタでもぶっ殺す」と少々物騒な言葉で脅す。彼も彼でまさかオレがそんな言葉を使うとは思ってもみなかったのか、少しだけ青ざめた顔のままコクコクと首を縦に振った。
 オレと彼以外は未だに誰だ誰だと騒いでいるが、この際「クラスメイトの誰かッスよ。まあ性別は言えないッスけど」なんておちゃらけてみる。ノリだけはいい彼らのことだ。じゃあオレかもなとか何とか言って、適当に盛り上がってくれた。とりあえず 危機は脱したところか。
 気づいてしまった彼だけが、オレに聞こえるか聞こえないか程度の声で「お前と名字って、いうほど仲良くねえし、話したことあったっけ」と。確かに彼らが知っている範囲でのオレと彼女の繋がりなんて、クラスメイトで挨拶する程度の希薄な関係だろう。それでいい。彼らに彼女の魅力なんて知られたくないし、一生知らなくていいのだ。ふっとこぼれ落ちたような笑みを浮かべて「内緒」と口にすれば、彼は腑に落ちないような声を漏らすも、これ以上は踏み込まないと言わんばかりに興味のない顔を見せた。
 別に誰かに知ってほしい訳でもなかったし、手助けがほしいわけでもない。もう一度、彼女がいる方向を見やれば、先ほどまでの笑顔とは打って変わって、ちょっぴり眠たそうな顔をしていた。きっと今は彼女があまり興味を示さないファッションの話でもされているのだろう。なぜなら彼女のファッションは流行には流されない、独特のセンスを持っているから。(ちなみに人はそれをダサいと表する。)
 上瞼と下瞼がぶつかり合う回数が増えたなと思いつつ彼女を眺めてると、次の瞬間、彼女はくあっとかみ殺したような欠伸を漏らした。レアな瞬間に巡り会ったなと思って、心の中でガッツポーズを繰り出していると、とうとう彼女の眠たげな瞳と視線がぱちりと衝突事故を起こした。人に見られてるとは思いもよらなかったらしい彼女は、何度かぱちぱちと大きな瞳を瞬かせ、すべてを理解した途端に目を見開き、かあっと頬を染めた。わたわたとする様子が何とも可愛らしくて、口元がだらしなく緩んでいく感覚がした。
「黄瀬、お前…、今の顔ひでえぞ」
「え?」
 言われて驚いて口元をさわる。確かに気持ち悪いほど口の端がたゆんでいた。ああ、これも何もかも彼女のせいだ。あの子が可愛すぎて、心を奪っていくのが悪いのだ。
「あーもー、可愛い」

◎ ◎ ◎


 こくりこくりと船を漕ぎたくなるほどの穏やかな春の日射し。「春眠 暁を覚えず」…、昔の人もよくわかっていると思う。こんな日に学校だなんて、世の中が間違っているのだ。
 しかしながら、私にはここに登校しなくてはならない理由が一つだけある。視界の端で、はじけるような黄色が笑顔を振りまいている。直視したら、きっと私の瞳はあまりの眩しさにくらんでしまうだろう。
 黄瀬涼太くん。彼は私の心を虜にして離さない。きっと彼に魅了されているのは、この学校でも両の手で足りるわけもなく、きっと何個もの正の字が必要になるのだろう。それぐらい彼は魅力的で、誰もが恋に落ちてしまうのだ。
「かっこいいなあ…」
「はいはい、名前のその言葉は聞き飽きました」
 顎肘をついて言葉を漏らせば、友人は大きな大きなため息を返してくる。確かに私は特定の誰かに宛てたこの言葉を、何度となく彼女に聞かせてきたことだろう。その度にため息を吐かれていたような気がしなくもない。
「でも黄瀬くんかっこいいんだもん」
「そりゃあ天下の人気モデル様だもの」
「あ、黄瀬くんと言えばさー、この前non・moにね」
「あー! 知ってる知ってる! あの号のワンピースがさ」
 黄瀬くんの話だと思ってアンテナをくいっと立てれば、いつの間にやら話はファッションの話に。確かに黄瀬くんはモデルだし、ファッション雑誌に出ていないことの方が難しい話だけれど、私的にはファッションの話なんて犬にお金の話をするぐらいよくわからないものだ。
 自慢ではないが、私はおしゃれとはかけ離れた場所に存在していると思う。とてもじゃないが黄瀬くんの隣を歩けるような顔ではないし、服装でもない。もちろん黄瀬くんとお付き合いできるとは毛ほども思っていないのだが、ちょっとくらい夢見てもいいじゃないか。頭上を飛び交う「マキシタケ」だとか「シャーベットカラー」だとか「ペプラムスカート」だとか、私には一生関わりがない単語たちによって、ただでさえ春になって力を増した睡魔がさらに力を付けていく。負けないようにと堪えていたのだが、つい噛み殺せなかった欠伸がくあっと漏れ出してくる。
 誰にも見られてないと思っていたのに、くるりと見回した教室内で黄色い彼と視線がかち合う。えっ、えっ。どう考えても彼は私を見てくすりと笑った。どうして? それは私が欠伸をこぼした瞬間を見てしまったからだろう。
 やばい、どうしよう。あわあわとあわてている間に頬がかあっと熱くなる感覚。もう信じらんない! 油断した、最悪だ。終わった、私の恋、はい終了ー。
「んもー…」
「どうしたの?」
「黄瀬くんにだらしないとこ見られた」
「あら、ご愁傷様」
 友人は何ともないことのように、からからと私のことを笑う。ああもう、そんな簡単な事じゃないのに。他人事みたいに笑っちゃって。…いや、実際他人事なんだけれど。
 はあっと何度目かのため息を吐き出した時、そっと彼のことを盗み見る。相変わらず彼はきれいな笑みを浮かべていて、胸がきゅんと可愛らしい音を立てた。
「うー…、やっぱり好き」


みや様リクエスト/130320
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -