『ゆっきー、名前ちゃんは風邪をひいてしまいました』

 今朝届いたばかりのメール。といっても気づいたのは朝練終了後で、もうすぐホームルームが始まろうとしている時だ。あの、健康だけが取り柄だといって笑っていた彼女が、まさか風邪で休むだなんて誰が考えただろうか。少なくともオレは予測すら出来なかった。
 口元からは無意識に空気が漏れる。あのメールに返信したのだが、今朝以降に彼女からの連絡は皆無。普段が普段なだけに、こうも連絡がないと不安というのは加速していくものだ。
 きちんと布団で寝ているのだろうか。馬鹿名前のことだ。どうにかなると思って一人で家の中をふらふらして倒れていないだろうか。季節は冬だというのに、自己管理ができていない証拠だ。
 なんというか、一言で言えば心配なのだ。

 どうやらその気持ちは表情や行動に現れていたらしい。いつも以上に忙しく動きまわっていると森山や小堀に言われてしまった。
「そんなに心配なら見舞いにいってあげたらどうだ?」
「そうだ、今日は部活休みでもいいんだぞ」
 小堀の言葉はおそらく親切心から。森山の言葉はその裏に隠れた己が休みたいという欲望から、だろう。なんてやつだ。しかしながら今回の彼らの申し出はありがたいものがある。己の発言だけで休みにできることはないだろうが、彼らの言葉に甘えて今日は休んで彼女の元にいってやろうとおもう。
 きっと部活を休んできたといえば、彼女は怒りをあらわにするんだろう。わかっちゃいるのに彼女の家へと向かう足は羽のように軽い。倒れこんでなければいいけれど。

 彼女の家に来ると、おそらくパート帰りであろう彼女の母親と遭遇する。「あら、幸男くんじゃない」といって、年頃の娘が寝込んでいる家に付き合っている男を簡単に招き入れるのはどうかと思う。が、今日は彼女の母親の無防備さが正直いってありがたい。
 彼女の部屋の前につくと、そっと扉をノックする。しかしながら返事がない。嫌な予感が頭をよぎって、慌てて中に入った。
 するとそこにいたのはベッドでぐっすりと眠る彼女の姿。なんだ寝ていたのか。早とちりした己が酷く恥ずかしい…と思ったが、やはり弱っているのは確からしい。上下する肩とか少し荒い息遣いに、思わず生唾を飲み込んだ。下心しかない野郎だと思うが、どうしてもその光景は情事中の彼女を彷彿とさせたのだ。
「名前、」
 そっと呼びかけるも弱々しい返事しか帰ってこない。ふーっと息を吐いて心を落ち着ける。ここに来るまでに買っておいた飲み物やクラッシュタイプのゼリーをローチェストに置き、箱に入ったままの冷えピタに手を伸ばす。
 彼女のおでこにうっすらとかかった前髪という名の幕をかき分ける。相変わらずすべすべの肌だ。そこに躊躇なく冷えピタを貼っつければ、彼女の肩がぴくりと反応した。
「んっ…」
「…起きちまったか?」
「ゆき…、ゆっ、幸男くん?!」
 がばりという音が聞こえそうな勢いで起き上がった彼女は、オレの手をぺたぺたと触りたくる。本物だとか夢じゃないとか、そんなことをぽつぽつとこぼす。
「夢かと思ったー…」
「お前がゆっきーとかわけわかんねえメール送ってくるから、こっちだって気が気じゃなくてな」
「わっ、わたしそんなメール送ってたんだ…」
 そんなに意識があやふやだったわけじゃないんだ、と一生懸命に説明する姿に思わず苦笑いがこぼれた。いつもより覇気のない声で喋られたって正直安心はしない。むしろ早く寝てくれ、早く良くなってくれとしか思えないのだ。
 やせ我慢をしているのか、薄く汗が滲んだように思える彼女の頭に手を伸ばす。それをそのままゆっくり撫でる仕草に変えると、彼女はうっと声を上げて肩をすくめた。
「お前が元気じゃねえと調子狂うな」
 口をついて出たという言葉がこんなにも似合うセリフがあるのだろうか。それを間近で聞いた彼女は一瞬だけぎょっとした表情をした。そうかと思えば、今度は肩まであげていた布団を目元まで思い切り引っ張りあげた。そんな布団の被り方をしたら口が乾くだろうと思い、布団に手を伸ばそうとすると、彼女から制止の言葉が吐かれた。
「早く、治すから…もう、幸男くんがべったべたに甘いと私も調子狂うよ…」

秦様リクエスト/130216
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