ここは冬だというのに全く雪が降らない。景色は一向に白くならないのに、気温だけは一人前に氷点下を示したりする。悴んだ手を暖めるためにそっと息を吹きかける。馬鹿みたいに白く濁った吐息の向こう側に故郷の姿が見え隠れした。
 君の居ない街にも冬はやって来る。聞こえてくる言葉はあの場所よりもずっとおしゃれで、皆ひとつひとつの音がはっきりとしていた。だけど偶に耳に入るお国言葉ってやつに、仕舞っていた思い出が糸を手繰り寄せたみたいに蘇ってくる。耳馴染みのいいイントネーション。そうだな、出来るならじんわりとした熱を孕んで鼓膜に広がっていく彼女の柔からな音色だと尚いいのに。思い出のなかの彼女は馬鹿みたいに笑っていて、ポロンと鼻の奥が爪弾かれた。
 勝手に選んだ道。彼女は何も言わずに背中を押してくれた。よくある『何かを得るために何かを捨てた』の典型。夢のために彼女との未来を切り捨てたのだ。

「健介が選んだのなら仕方ないね」

 あの瞬間に永遠なんてないと知った。それでも何処かで彼女を探してしまう。街の景色も人も言葉も、こんなにも変わってしまった場所なのに。きっとこの街の暮らし慣れてしまったせいなんだろう。彼女のことを考えられる暇が出来てしまった。あそこは彼女が好きそうだなとか、これは彼女に似合いそうだなとか。思い出のなかの彼女は冬なんて感じさせないような、春の温かみすら覚えるような笑みをこぼしていた。
 視界にちらつく幸せそうなカップルに奥歯を噛み締める。君がいない街にも、こんなにも愛は、幸せは溢れているのだ。彼女と幸せがイコールだった日々からは考えられない。一歩踏み出すごとに感じる様々な愛の形。それが何だかもどかしいぐらい悲しくなって、はーっと息を吐き出す。相変わらず白んではすっと消えていく景色に噛み締めた奥歯から、ざらついた砂の味が広がった気がした。
 ピリリなんていう機械的な音が、悴んだ手を突っ込んだポケットから響き渡る。相変わらず初期設定からそのままの音。そういえば彼女にも「若いんだし変えたら?」とか言われたっけか。
 音の発生源を右手で捉え、なれた手つきで受信されたばかりのメールを開く。送信元は岡村。これまた懐かしい名前だ眩しすぎる画面に規則正しく並んだ文字。一つひとつを目で追って、その意味を脳に伝えていく。…って、これって―――。
「あ、もしもし、岡村? ああ、うんオレ。ってかさ、あのメールってマジ? うん、名前もって…」
 きっと久しぶりに君のことを思い出したから。あの日のさよならが繋いでくれた奇跡だと思えばいい。
 この街に君は居ない。けれども、そっと見上げた空には二人で眺めた星がある。手を伸ばせば届きそうな感覚はきっと今も一緒。
「あー、うんうん…それさ、オレも参加で」
 だから手を伸ばす。君の居ない街でだって、君を見つけられるように。
 
(130119)
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