放課後の図書室はとてつもなく静かだった。カチカチと壁に掛けられた時計の秒針が規則正しいリズムを刻む。遠くでは部活動に励む活気ある声が聞こえてくる。彼も彼らも、少し前まではあの中に居たはずなのに。止まらない、止まってくれない時間。戻らない、戻ってくれない日々。窓から差し込んでくる濃い橙の陽射しがじわりと滲む。このダムの水嵩はどれくらいだろう。あと数秒で決壊してしまうのか。

「また待ってるのか」

 音もなく開いた扉の向こう側から鮮やかなグリーンが問いかける。橙によく映える色。何色にでも簡単に染まってしまう彼の無色とは違う、綺麗な有色。

「来やしない相手を待っている時間ほど無駄なものはないだろう」

 かたりと近くの椅子がなる。彼が近づいてきたからだ。彼が動く度に香るやわらかなフローラルが何処かあの日の彼を彷彿とさせて、とうとうダムは水量オーバー。つうっと涙が溢れた。一度溢れたものは止まることを知らない。止めどなくぽろぽろ零れるものを拭いながら、小さく彼に向かって吐露する。
 
「馬鹿だってわかってるけど、此処にいたらまた会える気がしてね」

 彼は静寂に包まれるこの空間をとても好いていた。ぺらりとページをめくる、一枚一枚を確かめるようなその手つきがとても綺麗だった。感想を聞くとふっと優しく笑う横顔が好きだった。大好きだった。届くことのない片想いだけれど。
 緩やかな涙はいつの間にか滝のように流れ、嗚咽を誘った。肩が上下する。涙は一向に止まらない。刹那、頭上から柔らかなものに包まれる。

「泣いたって過去には戻れないが、泣ける時に泣いておけ」

 彼、緑間が掛けてくれたものはタオルだった。白い世界の隙間から見えた彼は、何処か痛みを患ったような表情をしていた。そんな表情をさせている原因は、何処の誰でもない己だと知っている。彼がどうして私を見つける事が上手いのかも知っている。この優しさに下心が無いわけ無い、ということも知っている。だからこそ、どうして彼を好きになれなかったんだろう。なんて自問自答してもしょうがない事。

「ごめんね」

 私は彼を好きにはなれない。彼のことを認識できるのは、隣に無色で何色にも染まる彼が居たから。こうして彼の優しさに甘えている時だって、私の瞳は彼 ―緑間真太郎― を通して、彼 ―黒子テツヤ― を探している。震える唇から当然のように出てきた謝罪の言葉は、彼の耳にはどう届いたのだろうか。歪む彼の唇だけがその答えを知っていた。
 
ナナ子様リクエスト/130114
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -