これの続編

 ふわふわの彼に囚えられたと思っていた。のは、どうやら私の勘違いだったようだ。ふわふわの髪の毛はどうやら脳内までふわふわにしてしまったらしい。ヘタレだヘタレだと思ってはいたが、こんなに根性なしだとは思いもよらなかった。
 あのあと紡がれる言葉は当然好意が滲んだ「好き」だと思った。どんなに鈍い人間でも、あの雰囲気と台詞に次の句を期待するのが性というか。しかし奴は違った。

「なんか、その口ぶりって、その頃には…」
「〜〜〜、やっ、ちがっ」
「は、」
「俺こういうタイミングで言いたくない!」


 今がそのタイミングだろうと思ったけれど、顔を真っ赤に染めて拒否する彼が目の前にいて。なんというか、驚きだとかそういうモノを通り越して、呆れの感情が私の顔には表れていたと思う。あの馬鹿は、あの日のタイミングで言わないならいつ言うつもりなんだ。彼の言葉に返す台詞だって用意していたのに。
 肝心な言葉や明確なきっかけがないと関係というものは発展しない。特に私と彼の場合は。ずるずると友人をやってきて、あれだけのことで、はい今日から恋人…とはいかないものだ。さらに言えば私はきちんと段階を踏んでお付き合いをしたいと思っているわけで。流れに流され…というのは勘弁願いたい。
 ということで私と彼、黄瀬涼太は未だにお付き合いが始まっていない。周りにはあの時から付き合っていると思われていて、それはちょっとやりづらいというか。

「私はいつまでアイツのタイミングを待ってないといけないんだろうね」
「それをボクに相談するのはお門違いってやつですよ」
 目の前の黒子くんはちゅーっとシェイクを吸う。こんなクソ寒い時期にそんなものを飲むのは彼ぐらいだろう。わざとのようにシラーッとした目で見つめていると、にこやかな顔で「いります?」と聞かれてしまった。きっと私の顔が面白いくらいにぎょっとしていたのだろう。彼は更に笑みを深めて「まあ、あげませんけど」と溢した。
 彼の言葉には「いりませんけど」なんて強気の態度を示したが、心内はわりとしんみりしている。彼が好んで近くにいる黒子くんならば、それとなく促してくれたり、ピッタリのアドバイスをくれるんじゃないかという淡い期待を抱いていた。それ故に、すっぱりとNOを突きつけられると…こう…。
 はぁーっと思い切り溜息を吐く。できるだけ目の前の彼の癪に障るように、それはまあ大きな大きな溜息を、だ。もちろんそれを聞いた彼は、眉尻をぴくりと動かした。
「人がせっかく話を聞いてやってるのに、それですか」
「聞いてやってるって態度じゃないですー」
「だから…、」
「なによ」
「…いえ、ボクが彼に何と言われるかと思ったら、たまったもんじゃないので言いません」
「はあ?」
 べこり。彼とは違ってホットドリンクが入っているカップが音を立ててへこんだ。
「なにそれ。結局黒子くんもアイツのいうタイミングまで待ってろっていうわけだ」
「そういうんじゃありませんよ…キミも彼も本当に面倒くさいですね」
 吐き出されたのは溜息だったが、彼の言葉尻的には、舌打ちしながらつばを吐き出しているようだった。面倒臭いを体現しながら、彼が私の背後を気怠そうに指さす。なんだ、後ろに幽霊でもいるのか。そう思いながらそっと振り返ると、そこには幽霊よりも珍しいもの…というか、久方ぶりに見た姿があった。
「な、なんで名前と黒子っち一緒にいんの…」
 ふわふわに縁取られていた彼の金髪は、今日という日に限ってさらさらのストレートに姿を変えていた。「意味分かんない!」とかなんとか言いながらずんずん此方に向かってくる彼の髪の毛は、以前とは違ってさらりと風を受けていた。
「もしかして、黄瀬くんとここで待ち合わせてましたか?」
「偶然、ぐーぜん」
「信じられませんけど」
 冷たい台詞を吐き捨てたと同時に、彼の細められた瞳に見下される。どうやら彼は席を立ってしまったようだ。ボクはこれでなんて体裁よく去ろうとする彼をひと睨みすると、がっつりと睨み返されてしまった。黒子くんや、私はあなたに相談したかっただけなんだよ、本当に。
 黒子くんが去った目の前の席には、少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべた彼が腰掛ける。自然に見えるその動作に違和感を抱いているのは、この場ではきっと私だけだろう。
「黒子っちとなに話してたの」
「世間話…」
「本当にそれだけ?」
「…と、相談事」
 不機嫌な顔がさらに眉根を寄せる。怒ってますと言わんばかりの表情すら絵になるとは、イケメンっていうのは得な人種だよなあ。なんて現実逃避を繰り返したって、目の前に積まれた問題の山は勝手に崩れてくれない。ひとつひとつ地味に崩していくのか。そんなことを思いつつ、彼の次の句を待った。
「名前はいっつもガードが緩い」
 …いや、オカシイでしょ。
「いくら黒子っちっていっても相手は男なんだから」
 そうじゃなくて。
「聞いてる?」
「や、聞いてるけどさ…おかしくない?」
 なにが。そう言わんとする彼の至極真面目な表情にくらり、目眩が起こった。いくら髪の毛はさらさらに戻っても、中身はそう簡単に変わってくれないらしい。ふわっふわの彼の頭にズキズキとした痛みが頭部を襲う。
「私と黄瀬って付き合ってないし、そんな急に彼氏みたいなこと言われても」
 手に持ったホットドリンクをくるりと揺する。思ってたよりも時間は経っていたらしく、買った当初の熱気は微塵もなかった。このさき湯気が立つことのない水面を眺めているも、目の前からの反応は皆無。少しぐらい反応してよ。そんな気持ちも込めて、少しだけ鋭い視線で彼を見やると、そこには頬を赤くした189センチの大男がいた。
「何でそんな赤くなってんの…」
「いや、だって、ほら…この前ので名前に気持ちは伝わったとばかり思ってて、一人彼氏面してて恥ずかしいと思って」
 もごもごとした口調で彼は言葉を紡ぐ。えーっと、なんだ。彼はあの日のタイミング事件はうっかりするっと忘れてしまっていて、私とはそういう仲になってしまっているとばかり思っていたと。…なにそれ。
「…私はそういうのはちゃんと段階踏んでいきたいんだけど」
「すぐにキスとかしねえよ!」
「そこじゃなくて…」
 ゆらり揺れた水面を一思いに飲み干す。これだけ少ないんじゃ、乾きは潤うわけもなく。
「ちゃんとお付き合いするために告白してよ」
 絞り出した声は予想よりも大きなものとなった。目の前の彼は大きな瞳をぱちくりと瞬かせている。だから早く。そう急かすと、先程よりも更に顔を赤く染めて、待って待ってと喚いた。
 これ以上待てませんよ。そんな意味も込めて彼の空を掴む手を握り締める。ほら、早く。答えは最善のものを用意してますから。

はあまりに難題です


(121218)
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