別に彼が浮気してるとかそういうことはどうでも良かった。自分の目で確認してもいない人の噂話を信じれるほど、私の心は単純ではなかったし、折れる程でもなかった。ただ現場をおさえてしまえば、気持ちなんてころっと変わるものだ。
 私が彼に別れを告げてしまうのはあっという間だった。嫌だと縋る彼に今までにないくらい冷たい態度で接した。胸が痛まなかったのか問われれば、それは裂かれるような痛みを伴ったけれど、あの光景を見た時と比べればまだかわいいものだった。
 向こうが海常に進学すると聞いた時、これはチャンスだと思った。今このタイミングで離れてしまえば、彼は私のことをすっぱり諦めてくれると思った。日に何度か鳴る携帯も止まると思った。彼とは別の桐皇学園に進むと決めたのは、少なからず顔見知りが多いところへ行こうとした私の弱い部分だろう。
 実際問題そう簡単に止まることはなかったけれど、日に何度かの着信は日に1度になった。それからは二日に1度、週に1度、ついには彼からの連絡を受信することをやめてくれた。晴れ渡る心の隅で『私』が膝を抱えたまま、寂しそうな目で此方を見ていた。

 そしてチャンスはまたやってくる。

「黄瀬がいたから言えなかったけどオレさ…。―――」
 私は喜んで彼の手をとった。ちょうどその頃だったろうか。彼の後ろにいる桃色から黄色がチラつくようになったのは。青色の向こう側で楽しそうに笑うパステルカラーを盗み見ることしか出来ない位置にいることが、少しだけ寂しくなった。
「名前はいっつも寂しそうに笑ってんな」
 深い青色に切なさが滲んだ。私は見ないふりをして、彼の手をぎゅっと握る。
「大輝の気のせいだよ」
 私は黄色い彼みたいに綺麗な笑みを作ることが出来ない。だからといって、桃色の彼女みたいな仮面を被ることも出来ない。中途半端な私は中途半端な気持ちのまま、真っ直ぐな青色に寄り添っていたのだ。

 平穏はいとも簡単に崩れ始める。

 私は再び見てしまったのだ。今度は青色と桃色が寄り添う姿を。幼馴染だと言っても、あんなの距離が近いわけあるもんか。あんなに密接に、口を吸い合うものか。
 その時、はたと気付く。私は中途半端でなく、彼に惹かれていたのだと。彼の深い深い青に身を委ねていたのだと。
 どうやら私は失ってしまってから、そのモノの大切さに気がつきやすい愚か者らしい。ゆっくりと瞼に熱が伝染していった。こうして私はまた知らぬふりして、自ら大切な物を手放すのだ。
 ゆっくりとカーテンを下ろして、可哀想なダムに溜まりすぎた水を逃がしてあげようとした時だった。視界に大きな手がかぶさったかと思うと、くいっと体は後ろに引かれる。鼻を刺激する香りはあの頃一番嗅ぎ慣れたものだった。
「やーっぱ青峰っちは桃っちが一番なんスよ」
 どこか楽しそうに笑う声だって、ぎゅっと抱きしめてくる長い腕だって、あの頃と同じなのにあの頃と違う感覚に陥る。どうしてそんなに楽しそうなの。あの子の隣にいるのはアンタじゃないの。そう言いたいのに声帯はなかなか震えることがない。
「桃っちの様子が最近変だなーって思って来てみたらこれだもん」
 くすり。彼が空気も体も震わせて、至極おかしそうに笑い続ける。
「寂しいよね、名前。大丈夫、オレがいるから…戻っておいで」
 がらがらと均衡は崩れ落ちた。優しい声色で壊れ物を抱くように回された腕に私は応える選択肢しか用意されていなかったのだ。「涼太」久しぶりに呼んだ彼の名前は口内で甘く溶ける。彼の笑顔もまた甘いはちみつのように溶けて、私に降り注いだ。
 ああ、違う。これはただの甘い蜂蜜なんかじゃない。彼が毒を混ぜて、予め要しておいたトラップだったんだ。

ハル様リクエスト/121217
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