冷えてしまった紅茶に角砂糖が溶けないように、冷えてしまった関係に甘い空気は溶けこまない。ぽつんと沈んでしまった塊が、クリアブラウンの海で溺死している。くるりかき混ぜても、ほんの僅か浮き上がるだけ。そしてまるで私のことを嘲笑うみたいに、もう一度底に沈んだ。
 別れて欲しい。その言葉もすんなりと私の心に沈む。垂れ下がる蜂蜜色のさらさらの髪に幾度となく手を差し伸べたのに。そこに触れられない関係になろうとしている。そんな甘い色してるくせに、もうその味が分からないほど感覚は麻痺してしまった。

「どうして」
「ごめん」
「ごめんじゃわからないよ」

 沈んでしまったものをもう一度浮上させる。まだ噛み砕けない。そんなに大きな塊じゃ飲み込めない。
 彼とお付き合いを始めたのはいつだったろうか。ああ、高校生になってからだからもう5年か。人生のうちのほんの少しだけ。僅かな時間なんだけれど、今の私には長すぎる時間が過ぎてしまっていた。
 好きだった。今だって大好きだ。こんな冷めた関係になってしまうだなんて夢にも思わなかったぐらいに、彼に溺れていた。溺れ死んでも良いと思えるくらい、彼のことを好いていた。彼以外ありえないと思って、彼なしの人生が考えられなくて。
 でもそれは私だけだとも知っていた。私だけが彼を求めていることだって。よく「男はつった魚には餌をあげない」と言われることがあるが、彼はそれに当てはまる典型的な人だった。付き合うまでの優しさも甘さもあっという間に薄れていった。追われるよりも追うことが好きで好きでたまらない、そんな人。
 だから今回の浮気だって知ってた。少しずつ温かさを失っていく空間にだって気付いてた。でも知らぬふりをして、必死に温めなおしていたのに。それはこの瞬間に無駄な努力となってしまった。

「信じてたんだよ」
「…ごめん」
「清志って、いっつもそうだよね。肝心なところが足りない」

 きっと周りにはよく5年も続いたねって慰められるんだろう。見るからに脆かった関係だった。好きって気持ちだけで突き進んだ時間だった。彼の温もりを求めて手を伸ばし続けた、長いながい5年間だった。
 ゆっくりと上げられた清志の顔は不機嫌そうに歪んでいる。やっぱり口先だけの謝罪だったのか。馬鹿みたい。こんな野郎の為に泣いてやるもんか。そう思っていたのに、眉間に皺を寄せた彼の言葉によって私の気持ちはぐらりと傾いた。

「名前だって感情が乏しいんだよ。アイツはもっと笑ってたし、泣いて俺に縋ってきた。足りないのはどっちだよ」

 なにそれ。なにそれなにそれ。清志の隣にいる間はずっと聞き分けのいい子を演じてきたのに。もっと泣いて縋ったりしてくれればって。今だって泣きそうなのをこらえてるのに。これでも必死に引き止めてるのに。でも清志に嫌われたくないから、頑張って飲み込もうとしているのに。

「…このままだと収集つかねえな。今日は一旦解散しよう。次会う時までに考えまとめといて」
「きよ、」
「俺はもうお前とは付き合えない」

 鈍器で殴られるとはこういう感覚なんだろうか。彼へと伸ばした右手はパシッと叩かれた。蜂蜜色は心底迷惑そうな顔をして私を拒絶していた。
 紅茶の湯気はもう二度と立ち上がらない。溶けきれない塊が沈んだ海にぽたりと波紋が広がった。

CAN NOT DISSOLVE/121209
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