人間というイキモノは、だれしもひとつは皆に知られたくないを秘密を所持している。

「名前名前、もうすぐ黄瀬くん通るよ」
「え、もうそんな時間なの」

 海常高校。神奈川県の某所にその高校は存在する。伝統を重んじ、文武ともに優秀な生徒が多く在籍している。また部活動はとても盛んであり、バスケ部等専用の体育館も存在しており、各部活ともインターハイ常連校として名を挙げていた。
 名字名前、高校1年。この女生徒も海常高校に在籍する。彼女の場合は文武でいうところの文が秀でており、その成績は全国コンクールでもそれなりの成績をおさめるほどである。部活動としては新聞部に所属しているのだが、個人的に撮影したものも大変優秀な成績をおさめていた。そのため教師からの期待もなかなかのものであった。
 そして彼女たち、海常の女生徒が専ら熱をあげているものといえば…、黄瀬涼太だ。彼も同じ海常高校に在籍している。学業の方ではあまりいい噂を聞くことは少ないが、スポーツに関しては飛び抜けて優秀な成績を収めている。それもそのはず、彼はかの有名な『キセキの世代』の一人なのだ。
 またそれ以外にも彼に関して言えば、とても名の知れた肩書きがある。それは『人気モデル』の黄瀬涼太だ。まるで絵本の中から飛び出してきたかのような綺羅びやかな容姿。まったく嫌味を感じない綺麗な金髪。左耳にだけ開けられたシンプルなピアス。ビー玉をはめ込んだような透き通った瞳。それを縁取る作り物のような長い睫毛。すらっとのびた手足。高身長でありながら足は長く、しかしながら顔は小さい。芸能人という便利な言葉では到底当てはまり切れない、いうなれば王子様なのだ。
 そんな黄瀬涼太は学内の人気アイドルである。廊下に出ればキャー、グラウンドでもキャー。部活でも、教室でも。たとえ彼自身が見つからなくとも発見するのは至極簡単なことだった。黄瀬涼太在る所にギャラリー在り、なのだから。
 何が言いたいかというと、名字名前やその友人たちも例にも漏れず黄瀬涼太に熱を上げているのだ。同学年故に、彼が教室を移動する時間はばっちりと把握している。あと数十秒で彼がやってくるだろう。ドキドキと高揚する気持ちを必死に押さえ込みながら、彼女たちは廊下に一番近い場所で待期する。

「えっ、オレが?…勘弁してよ、オレ料理はからっきしダメだし」
「ムカつくけどさー、黄瀬がやんねえと女子が盛り上がんねえんだよ」
「仕方ないっスねえ…オレがモテるのはどうしようもねえし」
「うわっ…くっそ一発殴らせろ、モデル様」
「無理無理、コレはオレの商売道具だし」

 やたらと盛り上がっている声が聞こえる。彼女たちは息を潜めて彼らが通りすぎていくのを今か今かと待った。ふわりと微かにだが、黄瀬が愛用していると噂の香水の匂いがした。先程よりも盛り上がる声は近づいてくる。もうすぐ、5、4、3、2、1…。

―― あっ、

 彼が通りすぎるのは、ほんの数秒の出来事だった。黄瀬くん今日もかっこよかったねーなどと盛り上がる女子の声に、名前の声は混じらない。いまだに…というよりは、先程以上に心臓は高く鳴り響いていた。

「名前どうしたの、顔赤いよ」

 友人の言うとおり、名前の顔は沸騰しているかに見えるほど赤い。 ― 信じられない!― 名前の脳内にはその言葉ばかりが渦を巻く。ぽっぽっという効果音を付けたくなるほどに赤面し、動揺する彼女に友人たちはみな疑問符を浮かべた。

人間というイキモノは、だれしもひとつは皆に知られたくないを秘密を所持している。

 例えば、彼女。名字名前の場合は、それはそれは誰にも話せない、けれども話したくなってしまうような甘美な秘密。あのすらりとのびた手を繋いで隣を歩けるのは私だけ。あのビー玉のような瞳に映し込まれるのも私だけ。作り物のように長い睫毛をすぐ近くで見れるのも私だけ。いやみったらしくないさらさらの金髪に手を通して口吻を落とすことができるのも私だけ。声を大にして叫びたいけれど、そうともいかない。
 そう、彼女の甘い甘い誰にも知られてはいけない秘密は、あの黄瀬涼太とお付き合いをしていること。
 きっかけなんて些細なもので、今となっては思い出せないほどだ。お付き合いをしているといっても、なかなか公には出来ない関係のため、デートだって他のカップルと比べれば格段に少ない。恋人らしい事が出来る時間なんて、ほんの少しなのだ。
 友人たちが黄瀬と付き合ったら…という夢物語を語り合う中、彼女はいつも「現実はそんなに甘くないよ」と愚痴を零していた。もちろん心の中で膝を抱えた自分に、だ。付き合ったら彼女第一?いやいや、彼は常にバスケ第一だよ。彼女なんて二の次三の次。いや四の次…、むしろ五の次ぐらいの存在だ。
 じゃあ何故、彼女が赤面しながら動揺しているのか。それは彼女の首元にかかったネクタイに関係してくる。
 海常高校の制服は男女ともに黒のネクタイを着用する。裏側には誰のものか分かるように、筆記体で自身の名前が刺繍されていた。これも男女共通にである。そして海常高校にはとあるジンクスがあった。付き合っている同士がネクタイを交換し合い生活し、1年間誰にもバレなければ二人は永遠に結ばれる…、なんていう漫画のようなものだ。
 名前だってコイスルオトメである。こういうことに乗っかりたいお年頃。お付き合いを始めた当初に黄瀬にそう伝えれば、彼は嫌な顔ひとつせずに交換を承知してくれた。

「なんかオレは名前のこと縛って、名前はオレを縛ってるみたい」

 そういって彼はやんわりと口の端を上げた。

 そして今日。二人の関係は未だ秘密のまま。黄瀬はいつもと変わらず名前のいる教室の前を通り、彼女は彼が通るのを見送る、それだけのはずだった。そうだったのに。
 黄瀬は彼女の教室の通った時、徐ろにネクタイに口吻を落としたのだ。たったそれだけと思われるかもしれない。しかしながら彼の蜂蜜色の瞳はしっかりと名前を捉えていた。ネクタイだって前述のとおり、彼女のもの。擬似的に己へそっと口付けられたような感覚に陥ったのだ。
 直後に黄瀬から彼女へメールが届いていた。『さっきの見た?今日は帰さないよって合図なんだけど』という文面に彼女の顔はまた熱を持つ。今日は金曜日。鞄に潜ませた彼の部屋の合鍵がキラリと光った気がした。

幸せのを垂らす
この秘密は誰にも話せない、毒の蜜。

(121205)
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