働く女性の姿はとても扇情的だ、と陽泉高校の制服に身を包んだ氷室少年は考える。部屋の中には彼の想い人であり、大切な恋人でもある名字名前が仕事着のスーツのまま、彼のためにお茶を淹れていた。歳の差はおおよそ7つ。隣を歩いても恋人ではなく姉弟に間違われる日常。スーツと制服という埋められない差。絶対的な歳の差。目に見えてくるその距離が嫌いで、彼はゆっくりと自身のネクタイを緩めた。

「辰也くん辰也くん。ジャスミンとダージリン、どっちがいい?」
「名前ちゃんが好きな方で」
「えー…じゃあ今日はジャスミンのミルクティーが飲みたいから、ジャスミンで」
「じゃあ、そっちで」

 氷室が名前の事をちゃん付けで呼ぶ理由。決して彼女が強要したわけではなく、彼が断固としてそう呼びたいと言ったわけでもなく。…いや、後者だけは少し関係があるのかもしれない。
 彼の中で絶対的な歳の差というのは嫌にまとわりついていた。少しでもその差を縮めたい。縮めようと思って縮めるものではないが、彼女の事をちゃん付けすることで、自分が立っている場所が彼女の場所と近くなるのではないかと彼は考えていた。それに大人という括りに入る彼女をちゃん付けすることによって、女の子という括りに連れてきたかったのかもしれない。
 彼の鼻腔をくすぐりだしたジャスミンの香りは、彼の頬の表情筋をゆっくりと緩めていく。女の子らしい香りが似合う女性だと、氷室は名前の事を表現する。実際に彼女の香りは甘ったらしいだけでなく、どこか女らしさを秘めたものがあった。けれどもイヤラシイ女らしさでなく、言葉にするならば可憐な少女のようにも思えた。自身よりも小さな彼女の体を初めて抱きしめた時、全身で感じる彼女の香りにくらりと眩暈がしたのは良い思い出であろう。

「お待たせ」
「ありがとう…言ってくれれば手伝ったのに」
「いーや、辰也くんは私以上にお疲れじゃない。陽泉のバスケ部は大変って後輩くんが言ってたし」

 彼は彼女の口から別の男の名や行動が出ることを酷く嫌っていたが、それを表立たせることは一度もなかった。今だってこうやって、胸の奥で燻らせている。自分の知らない彼女を知っている人間は皆気に入らなかった。
 子供っぽい感情だと彼は常々思っていた。独占欲の塊だと。その証拠に、彼女のスーツの下には沢山の赤が散りばめられていた。白い画用紙に赤いインクを吹きつけたんじゃないのかと思うほどの無数の赤色。余すとこなく彼女は自分のものだと叫びたかった。耳の裏にまで痕を残す彼に彼女は「つけたがりね」と大人ぶった笑みを見せた。それが何故だか酷く哀しいものに思えて、彼は口を当てた場所に今度は舌を這わせた。
 その痕も今は髪の毛に隠れて何も見えない。今はそれでいい。誰かにバレた時に真っ赤になる彼女を想像するだけで、きゅっと胸元が締め付けられるのだ。口元に近づけたジャスミンのミルクティーはどんな匂いで、どんな味がするのかよく分からない。だって隣に彼女が居るだけで、彼の五感は全てそちらに向けられてしまうからだ。ああ、こんな無味無臭のものよりも彼女を味わってしまいたい。

「今日はどうするの?」
「どうって、」
「泊まるの、ってことだけど…」

 そう言って口籠る名前を見て、氷室は手の中にあるマグカップをそっとローテーブルに戻す。薄く色付いた唇に齧りつくようなキスを送った後、彼女の手を取りながら彼は言葉を紡ぐ。「答えは決まってるでしょ」人差し指を彼女の唇にくっつけて、いたずらに微笑む。ぽっと赤くなる彼女の反応は、やはり少女のものに似ていて、彼はくすりとまた笑みを漏らした。

愛の躯


(121201)
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -