気がつけば『浮気』呼ばれるモノを繰り返すようになっていた。その行為を悪だとは呼べなかった。セックスは僕に幸せをくれた。悦びをくれた。人として当然の行為だからか、そこに愛が存在しなくても温かな海に沈めた。
 それに愛をくれる人もいた。偽りでも、一方的なものでも。いろいろな愛があった。けれども結局、最上級の愛をくれるのはいつも彼女、名字名前だった。心から愛し合えるのは彼女だけだった。彼女の愛はローズマリーの蜂蜜みたいだった。とても甘いのに、すっとする清涼感を持ち合わせていて。癒してくれるような香りが口内にも鼻腔にも広がっていく。彼女の全てで僕という人間を包んでくれるような優しさがあった。
 もしかすると僕は柔らかすぎる優しさに甘えすぎていたのかもしれない。

抱きしめられてしまった。いいよ。
抱きしめてしまった。いいよ。
キスされてしまった。いいよ。
キスしてしまった。いいよ。
押し倒されてしまった。いいよ。
セックスしてしまった。………。

 いつもの『いいよ』が聞こえない。事が深まっていくに連れて遠くなっていた声は、いつの間にか随分後ろにいて、もう歩むことをやめてしまったらしい。十数メートル後ろの彼女は涙を流しながらもうダメだよと告げた。

―――………

 久しぶりに組み敷いた彼女は、涙を流す事を拒むように唇を噛み締めている。少しの振動で決壊しそうなほど涙で濡れた瞳はじっと僕を見つめていた。―― ねえ、キミは何処を見ているの。僕を見つめているはずなのに、僕ではない何かを彼女は見つめていた。
 限界だ。そう告げるように彼女の涙が一筋流れ落ちた。「ごめっ、見ないで」呟いた彼女は、二の腕で自分の顔を覆い隠す。どうして謝るの。ねえ、どうして僕を見てはくれないの。

「涼太とあの人が重なっちゃう」あの人ってだあれ?
「私が寂しくなっちゃったから」僕がいるのに?
「でも涼太も、なんでしょう」…そう、かもしれないね

 ごめんなさいを繰り返す彼女を僕という人間は責めることが出来ない。出来るはずもない。彼女もその行為を悪とは呼べず、悦びを求めてしまっただけなのだから。僕が別のオンナに構ってた間、彼女も別のオトコに構ってもらってただけ。
 それだけなのに。胸を燻ぶるようなこの痛みはなんだろう。―― 嫉妬?ああ、この感情を嫉妬と呼ぶのか。彼女がいう『あの人』の腕の中でキミは何回余ったらしく名前を呼んであげたの。『あの人』の腕の中で何回蕩けた顔を見せてたの。『あの人』の腕の中で、何回果ててしまったの。
 気がついた時には彼女の腕を無理矢理こじ開けてキスをしていた。隙間なく合わさる唇と唇。甘い音色が聞こえた好きにそっと舌をねじ込む。
 ―― 大丈夫、僕らはちゃんともとに戻れるよ。そんな見え透いたウソを並べて、この場をおさめようだなんて、僕を大馬鹿者だと笑って欲しい。外は暗闇の中で、早すぎるクリスマスのイルミネーションが輝いている。悪を悪だと呼べない僕らの吐息で曇ってしまった窓ガラスには、濁った光しか届かなかった。

蜂みつで息絶えて


(121119)
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