名前先輩が好きだと気付いたのはいつのことだっただろうか。先輩の姿を目で追うようになったのはいつの事だったろうか。今となっては思い出せないほど些細なきっかけだったのだろう。特別に可愛いとかじゃないのも知ってるけど、特別に美人ってわけでもない。性格がめちゃくちゃいいとか、めちゃくちゃ難有りで癖がある性格でもない。
 じゃあどこに惹かれたんだって言われれば、自分でもちょっと考えこまなきゃならないわけで。たぶん先輩の部活に対する姿勢とか、先輩の言葉に惹かれた…んだろうなって。なんとなく、たぶん。
 海常高校バスケ部のマネージャーは正直いって人出が足りていない。それは俺が入部したことによって、まともに仕事をすると思われる人間が減ったからだ。新しい入部希望者は皆が皆、目をハートにしてやってきたという。そういう奴は名前先輩が門前払いしていたという。純粋にバスケが好きで、仕事が好きで、部員を支えたいと思っている人以外は必要ないと。黄瀬に興味があるなら、黄瀬に直接話しにいけ、と。笠松は口酸っぱく彼女のそういう所が頼もしくもあり心配だと言っていた。現に何度か呼び出されたりもしたようだ。しかしそれを誰かにいうでもなく1人で片付けてきたというから、彼女は相変わらず只者ではないというか。

「で、黄瀬涼太くんは私になんの用なの」
「先輩の横が心地いいんスよ」
「仕事のジャマよ、じゃーまっと」
「あああ、そんな重いもんは俺が持ちます」

 はじめて敗北という文字を叩きつけられた時、手を伸ばしてくれたのは先輩だった。負けたことないとか舐めてんのかバーカと。再び立ち上がることを教えてくれたのも先輩だった。他の部員や前の仲間によって刺激が何もなかったわけではないけれど、俺にとっては先輩のほうがより刺激的だった。
 名前先輩は選手ではないけれど、うちのバスケ部にとって無くてはならない存在で。俯いてしまった自分をいつも笠松先輩たちと引っ張りあげてくれて。言いようのない感謝はいつの間にか特別な感情に変わっていた。好きだなって思ったら、先輩が笑ってるだけでも幸せになれた。何時かは隣で、その笑顔を作れる人間になりたいと思ってしまった。特別になりたいと思ってしまった。出来る事なら彼女の泣き所になりたいと思ってしまった。

「せんぱーい」
「何ー」
「先輩は彼氏とか作んないンすか」
「作りたいわよ。でもこんな女子力の低い子を彼氏にしたい変わった男なんていないでしょ」

―― いますよ、すぐ横に。
 ふふっと笑みをこぼした横顔に思わず見とれる。前髪からぽたりと落ちそうな汗ですら彼女の魅力のひとつでしかない。ふうと手で汗を拭う仕草だって、とても性的でシゲキが強すぎる。こんなにも綺麗で、こんなにも魅力的なのに、告白されたことは無いというから世の中の男子の目は節穴なんだなって思う。
 今日も暑いねーと笑った彼女の首元に伸ばしかけた手は、誰の肌にも触ること無く空を切る。理由なんて簡単だ。第三者の介入、それだけ。

「おっ、森山じゃん。どしたの」
「いやー…、名前が遅いから誰かサンが食べちゃったのかなって」
「たべ…?」
「ッだー!森山先輩、どしたんスか」
「いいやあ…べっつにー」

 にまにまと緩む口元を隠さずに先輩はやってきた。つまりは此方の気持ちは先輩以外にはバレているということか。恥ずかしい。先輩の首元に回るはずだった手は、己の首元を撫ぜる。目の前の名前先輩はケラケラと森山先輩と話をしている。
 だからその笑顔が、笑い声が好きで好きでたまらないんだって。簡単な幸せは喉がカラカラになってしまうような欲望を連れてきた。ふにゃりと柔らかに歪むその横顔を振り向かせてくちづける日はいつやってくるのだろうか。今は未だ眺めているだけで、今だけは、まだ。

大好きえたいこと


(121125)
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