※『K』のお話です。主にアニメ6話の要素を含んでいます。


 「堪忍な」って出雲さんが申し訳なさそうに笑う。「俺が、俺がっ…」って八田ちゃんが唇を噛み締めて泣いている。尊さんはどこか遠くを見つめて、通したばかりの左耳ピアスをいじっている。アンナはぼーっとソファを眺めて、ぽろりと涙をこぼして。大切な大切な秘密基地にいる皆の顔にいつもの幸せな笑顔は浮かんでいなくて。オカシイよ、どうして笑わないの。そう考える私の頬につうと涙が伝った。
 多々良が居なくなってしまった。この世界をどう動かしても、それは紛れも無い事実として今此処に存在している。彼は最期に何を伝えたかったのだろう。八田ちゃんはまた涙を流して、あの人は最期の最期までって。ああ、そんなに泣いちゃ駄目だよ。唇切れちゃうよ。そっと彼の口元に手を伸ばして「ダイジョーブ」と声を掛ければ、彼は涙を浮かべた目を大きく開いて、すみませんと声を上げて泣きだした。
 彼がいつもお昼寝してたソファも、おじいちゃんみたいと誂われながらも育てていた盆栽も、一分一秒、その瞬間を逃すまいと回していたビデオカメラも、無駄に撮り続けていた写真も。全部全部、思い出になって過去になって遺品になった。数日前までいつものあの優しい声で「名前」と私の名前を呼んでいたのに。おひさまみたいな笑顔で、けれども他の皆よりも華奢な体で私を包んでくれていたのに。
 現実を現実だと咀嚼して理解すれば、一筋の涙は大きな川になって、やがては大海原を作り上げる。多々良、多々良。どうして居なくなっちゃったの。私を1人にしないって言ったのに。ずっと一緒だって言ったのに。聞き分けの無い子供みたいに泣きじゃくる私に、出雲さんはそっと毛布を掛けた。尊さんは「忘れるな」と一言呟いた。あんな阿呆のことなんて、絶対、絶対忘れてやるもんか。



「えー、いいよいいよ。私写真写り悪いし…」
「そうじゃなくて、俺は名前を撮りたいのー」

 無謀な争いだと出雲さんは笑っていた。付き合っているんは知ってるけど、素振りを微塵も見せへんから皆対応に困ってんでとも言われた。仲間からのごく自然な流れで彼とはお付き合いを始めて、今に至るからか、何故だかそれらしいことをすることがとてもこっ恥ずかしかった。写真撮るくらいはどんな間柄でもやると周りにちくりさされて、彼の隣に回りこむ。すると彼は彼でキョトンとした顔を作った後に、いつもみたいにへらっと笑って「名前ってば可愛い」なんて。さらっとこういう事をいうとこ、嫌いだよと文句をこぼせば、そういう素直じゃない所好きだよだなんて。一生彼には敵わないな、と思った昼下がり。あれが二人だけで写った最初で最期の写真になるなら、もっと沢山彼のカメラにおさまっていれば良かった。もうすべて後の祭りなのに。
 キスしたのも、抱きしめられたのも、手をつないだのも両の手じゃ足りないくらいたくさんしたのに。恋人らしい行為は両の手で足りるほどしかしなかった。それだけ愛されてるってことだと周りは笑ったけど、そういう事だったんだろうか。今になって考えれば、彼は私の中に深く入り込むことを拒んでいたのかもしれない。まるでこうなってしまうことを知っていて…。
 一緒の布団に入ったあの感覚は、大きな海に居るような不安感もあった。太陽に抱きしめられているような安心感も合った。正反対のものが背中合わせに共存していて、とても心地良かったのを今でもよく覚えている。甘くとろけたような笑顔で、彼の髪の毛色の蜂蜜を垂らしたみたいな声で、私の名前を何度も何度も繰り返し呼んで。其処にいることを確かめるような手つきで体を締め付けて。私の小さくて醜い小指と彼の細くて長い小指を絡め合って「ずっと一緒」を幾度も契った。その契りは呆気なく、無き物になってしまったのだが。

 彼の冷たくなってしまった頬へ手を伸ばし、何度か指を這わせる。すべすべの肌が憎たらしいとずっと文句ばっかり言ってたのに、今はなんの温度もなくて、つついたって反応もしなくて。ああ本当に逝ってしまったんだなって改めて飲み込んだら、声にならないものが喉元を駆け上がってきた。悔しい、悔しい、悔しい。どうして多々良だったの。多々良じゃなきゃ駄目だったの。
 狂ったように床を殴り続ける私の手を止めたのは多々良じゃなくて、涙を流したアンナで。小さな両手いっぱいに私の腕を抱きしめて「戻ってこないの」と現実を叩きつけた。わかってるよ、わかってるけどね。こんな小さな子に言われたかったわけじゃないのに。でも、言わせたかったわけでもなくて。自分の不甲斐なさにまた涙が溢れる。
 さらさらの前髪をかき分けていつもの様に小さなキスを落とす。唇に感じたのはいつもの太陽みたいな温かさじゃなくて、深い海の底に居るような冷たさで、また涙が零れた。

(1211124)
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