「冬っていいなあ」

 彼女がそう呟く隣で引き摺ったような足音を立てながら歩く。口元まで引き上げたマフラーからは我が家の香りがして、それが何故だか妙な安心感を与えた。すぐ側でぷらぷらと空を切る互いの手はふかふかに包まれ温もりを保っている。ここで彼女の手を取って、寒そうだったからなんて甘い言葉を吐いて、ポケットの宇宙に彼女を連れ去ることが許されるなら。それにはどれだけの幸せが込められているのだろうか。そんなこと出来やしなくて、ちょっとだけマフラーからはみ出た口元から白い息が漏れる。

「どこで間違ったのかな」
「俺が知るかっつーの」
「だよね。清志が知ってたら、私びっくりして泣いちゃうかも」

―― じゃあ泣けよ。
 そんな言葉すら言えなくて、また白い息が漏れる。
 夕暮れと夜の、ちょうど真ん中。人の顔がギリギリ認識できるぐらいの明るさの中を彼女と二人で歩く。決して甘い関係ではない二人なのに、どうしてこんなゆったりとしたペースで歩いてるんだろう。右隣で足元の石ころを蹴りながら歩く彼女には彼氏がいる。いや、いた…が正しいのかもしれない。その俯いた瞳に涙を浮かべてるかもしれない。『If』でしか彼女の事を語れない程度の仲なのだ。それ以上でも以下でもない、一歩が踏み出せない。右手は彼女の空きっぱなしの左手を掴もうと何度も宙を彷徨う。
 彼女のことが好きなのかと問われれば、間違いなくYESで。ただ例の彼と上手く行っているようだったから諦めるつもりだった。所詮つもりはつもりでしかなかった。視線は常に彼女を追いかけて、彼女の些細な変化にも気付いてしまった。だから、今日だって。

「もうすぐ冬、だね」
「つーか、もう冬じゃね」
「確かに。息も真っ白だ」

 泣いたような彼女の柔らかな笑みが漏れる。くすくすという音にあわせて白い息は濃いブルーとオレンジが混ざったような空に溶けていく。この時期はこうやって彼女の気持ちも己の気持ちも舞い上がっていってしまうから、誰にもまっすぐ届きやしないのか。冬ってやつが好きだという彼女に、この事実を告げたらなんというだろうか。それでも好きだと、アイツのことのようにいうのだろうか。
 別れたとは直接聞いていないけれど、そうであって欲しいと願ってしまうのは罪だろうか。恋をしている者から見れば当然の願いだと笑われてしまうのだろうか。今度は故意的にマフラーからずらした口元を空へと向ける。ひんやりとした空気の中で一番星を見つけて、なんだかやるせない感覚に陥った。

「ごめん、清志」
「は?なに、が…」
「私、清志の優しいとこにまた甘えちゃってる」

 少しだけ傾いていたはずの彼女の顔は、今は何も見えなくなってしまった。でも、声が震えている。小さな肩が震えている。泣いている。その結論に至った時には、自分の腕の中に彼女を納めてしまっていた。驚いたような彼女のくぐもった声が聞こえる。やめて。どうしたの。そんな言葉が聞きたいわけじゃなくて、少しだけ力を込めれば、彼女の反抗する態度も消え失せていく。
 何やってるんだろうって思考と、彼女の香りを体温を必死に覚えようとする自分がいて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。淡いオレンジは消えてしまって、ダークブルーの画用紙に白い絵の具を吹き込んだみたいな空は冬独特の高さを保っていた。

「甘えろよ」
「え?」
「俺にくらい甘えろって」
「でも清志に迷惑」
「かかってない、…かかってねえよ」

 そう思ったことは一度もない。だけどその言葉は今口にしてしまったら、要らない言葉も一緒に連れてくる。飲み込んだ好きはいつ伝えれるのだろうか。
 溶けるような、けれど涙が零れ落ちそうな笑顔で彼女が「ありがとう」という。今はそれだけでいい。冬の間は、それだけでいい。

きみの横顔しか知らない
(1211124)
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