真太郎の世界はバスケを中心に回っている。本人はそんな気は微塵もないようだが、周りからすればそれは明らかなものだった。しかしながら、何をするにもバスケのことを考えているというのに、本人は無自覚というのは腹がたって仕方ない。今こうして恋人という存在が隣にいるのに、彼は食い入るように次回の試合相手の映像を見ている。私を中心に回せとは言わないが、こうなってしまったのはもう何回目だろうか。溜息すら出ない感情を人は何と呼ぶのだろうか。
 そんな真太郎と喧嘩をしてしまった。きっかけは些細なこと。彼にとっては何気ない一言だったのだろうけれど、私にとっては泣き崩れたくなるほど悲しいことだった。「高尾」私の顔を見て彼はそう言ったのだ。高尾和成という存在が彼の中で大きくなっているのは知っていたが、ショックだった。ただひたすら、ショックだったのだ。信じられないと口にしたところで、彼は悪びれもない態度で仕方ないといった。何が仕方ないんだと呆然とする私に、彼はいつもどおりの態度を取った。いつも通りなのに、なぜかあの時は絶対零度の冷たさを感じた。
 あの日から彼とは口をきいていない。言ってしまえば、目すら合わせていない。互いが互いに意地を張っているのだ。私としては彼が一言「すまなかった」と言ってくれればそれだけで救われるというのに。今までの経験上、その望みは薄くてちょっと笑える。緑間真太郎が自ら望んで謝罪する人間は、この世にどれだけ存在しているのだろうか。少なくとも私がその中に入っていないのは確かだ。
「名前」
 現実逃避をすればするほど、人は幻聴を聞いてしまうらしい。久しぶりに聞いた真太郎の声は甘く柔らかで、じんわりと鼓膜に広がる温かさを持っていた。幻聴でもいい、もう一度だけ呼んでくれないかな。なんて余韻に浸っていると、頭上から衝撃が走った。
「聞こえているんだろう」
「ったぁ…、叩くこと無いじゃない」
「お前が返事をしないからだろう」

 秀才様はご立腹らしい。イライラを隠さないまま私の横に立って腕を組み、その上で指をトントンと動かしている。
「聞こえてるけど、なに」
「悪かった」
「は、」
「悪かった…、と言っている」

 だから許せと言わんばかりの偉そうな態度にカチンときそうにもなったが、よく考えろ名前。あの緑間真太郎が折れたのだ、と。その事実がなんだか可笑しくて、くすりと笑っていたら、もう一度頭を叩かれた。これ以上馬鹿になってしまったらどう責任とってくれるんだってんだ。
「明日は正午から時間を空けておけ」
「なんで」
「出掛けるぞ」
「それは何というお出掛けですか」

 レンズの奥はぴくりと瞼を震わせる。長い溜息の後に顔を背けた彼は小声で呟いた。「…デートだ」明日は部活も正午前で終わるらしい。久しぶりにバスケを忘れて私にかまってくれるらしい。さっきまで頑固なまでに喋ってやるもんかと決意していた私は、いったい何処に消えてしまったのやら。現金な奴なのだろう、名字名前という人間は。彼にはちょろいと思われてるかもしれない。それでもいいと思ってしまった。おそらく私の世界の中心は彼、緑間真太郎だからだろう。

瀬田様リクエスト/121119
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