明日の午後八時。秀徳高校の近くの河川敷で、季節はずれの花火大会が行われるという。夏の風物詩と言われる打ち上げ花火を、高くなった星空で咲かせる。冬空に輝く大輪の花。そんな売り文句に心惹かれたのは一体誰だろうか。
 少女は掲示板に貼られたポスターをぼーっと眺めていた。地元では見ることが出来なかった時期にここでは見れるのか。冬に見るのもまた一興、ということだろう。
―― 「ねえねえ、この花火大会のジンクス知ってるー?」「そんなのあるの?」「なにそれなにそれ」「えっとね、花火が打ち上がった時する告白は必ず成功するんだって」「えっ、チートじゃん」「それだけじゃなくて、そのカップルはずっと幸せなんだってーっ」
 女子というのはうわさ話が好きなイキモノである。もちろん掲示板の前に佇む名字名前も、その女子に部類する。思わず背後で聞こえる彼女たちのうわさ話に耳を傾けた。

 少女には片想いする相手が居た。宮地清志。同じクラスで斜め前に座る秀徳高校バスケ部のレギュラーだ。少々口は悪いが努力家で、根は真面目。成績優秀、容姿端麗。彼の長所をあげていけばいくほど、彼のハイスペック具合がわかる。それはもう両の手では足りないほどの長所の数だ。
 つまり彼はモテる。しかし先に述べた通り、彼は口が悪い。そして女性に対しても冷たい態度を取る事が多い。少女自身も何度彼に冷たい態度を取られたことか。しかし彼女は知っていた。少しだけ赤く染まった彼の耳を。突き放されるような冷た差ではないということを。
 少女は九州地方から東京へ引っ越してきた、いわゆる転校生だった。聞こえてくる地元とは違うイントネーションの言葉に戸惑い、口を開く度に思わず出てくる方言に何度も恥ずかしさで死にそうになった。彼と初めて会話した時も、それはそれは方言丸出しだった。

「あ、あの…これ、宮地くんのやろ?私の机ん中入ってたとけど…、席近いからっちゃろうね」
「お?…おう、ありがとな」
「ううん、困ってたとやなかかなっち思って」
「…お前、相変わらず方言丸出しだな」


 穴があったら入りたいと思った、と少女は電話口で地元の友人に語った。その頃から彼の容姿に心惹かれていた少女にとって、田舎者丸出しのまま彼と会話することが死にたくなるほど恥ずかしいものだった。聞けば彼は、小学校までは横浜育ちのシティーボーイだという。転校するまで見渡す限りの田畑と高い建物のない広い空の下で育った名前とは、育ちが違う…のだ。
 だからといって恋を諦めるにはいかなかった。特別名前に対して優しかったわけではないが、それでも垣間見るかれの優しさ。たまたま通りかかった体育館の隙間から見れた、彼の真剣な眼差し。全てに惹かれてしまった。心から恋焦がれてしまった相手への気持ちは、そう簡単に諦めのつくものではなかった。
 とはいえ彼女が行動に移すことは少なかった。たまに話しはするものの、以前のトラウマだろうか。方言が出てしまわないように最善の注意をしながら、最小限の言葉を紡ぐばかり。決して会話が弾むことはなかった。

「宮地くん…も、行くんやろか」
「なにが」

 気を抜いた時に背後から声を掛けられることほど心臓に悪いことはない。彼女の肩は思い切り跳ね上がる。小さく上がった彼女の悲鳴に今度は声を掛けた宮地も驚いた。まさかこれ程までに驚かれるとは、彼は毛ほども思っていなかったのだから。
 深呼吸にしては浅い呼吸を繰り返した彼女は、彼の問に答える。この花火大会行くのかと。少しだけ思案する素振りを見せた彼はほんのりと乾燥した薄い唇を開いた。もうすぐデカい大会があるから、と。
 それはつまり「NO」を表していた。ああ、告白する前に、誘う前にすべてが終わってしまった。彼女の心内で店先のシャッターが閉められていく感覚がした。

「んだよ、お前行きてえの?」
「うーん、そうっちゃけど…なんせ行く相手おらんけん…」
「ふーん…何時から?」
「え、」
「これ、何時から?」

 彼が指差すのは彼女がぼーっと見上げていた掲示板…、に貼られたひとつのポスター。夜空に大輪の花が咲き乱れる、あの。目を見開いた彼女は焦りを隠すこと無く「えええっと、は、八時、夜の八時から打ち上げ開始なんやって!」と口にする。もう一度だけ「ふーん」と返した彼の唇は、予想だにしなかった言葉を紡ぎだした。

「部活帰りでも良いなら一緒に行くか」
「…え?」
「名字が俺でも良いならだけどな」
「え、え…ううん、いい!というか、宮地くんがよかっちゅうか、宮地くんじゃなかぎっと嫌っちゅうか…」
「あっそ…つーか、また方言丸出しだぞ」

 頭一つ分ほど上にある彼の瞳が悪戯に細まった。男性にしては細く長い、けれども長年バスケットボールを触ってきた証拠のある指は彼女の口をさしている。はっとした彼女が口元を抑え頬を染める様子に彼はくつくつと笑い声を漏らした。
―― やっぱり、好きだな。
 溢れでた感情はそのまま口から漏れ出していたらしい。ぎょっとした表情を浮かべた彼と視線が絡む。どうしよう、明日いうはずだったのに。

「お前、なんつった…?」
「えっ、ちがっ、これはっ…」
「水筒よん…って、なんだよ」
「それはねっ…、って、え?」

 漏れ出ていた言葉すら方言だったとは。しかも彼は意味をわかっていないらしい。命拾いしたと思っていいのか。ほっと胸を撫で下ろす彼女と裏腹に、目の前の彼は納得の行かない顔を浮かべている。明日にはバレて、いや、バラしてしまう想いでも、今だけはそっと聞かなかったふりをしてもらいたい、だなんて。これは少女の我儘だろうか。

「明日、またちゃんと言うけん」
「今じゃ駄目なのか?」
「うん、あした」
「好いとうよ、宮地くん」


方言少女」様提出/121118
素敵な企画へ参加させて頂き、本当に有難う御座いました。 莉乃
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