「なんか、涼太…変わったね」
 それは何気ない元カノの一言だった。此方としては一切そんな気は無くて、目の前であっけらかんと言い出す元カノに思わず苦笑いをこぼした。

 いつの間にか執着することを忘れてしまった。たいていのスポーツでは一番になれた。可愛い女の子は嫌でもよってきた。先の彼女も寄ってきたうちの1人。『モデル』の黄瀬涼太。ブランドばっかりに寄ってくるバカばかり。本当に欲しい物がなんなのかすらわからなくなった中学2年。
 欲しいモノを見つけた。どれだけ足掻いても届かないものが沢山出来た。初めて一番になれなかった。どうにかしがみついた場所はとても心地良かった。それでも近寄ってくるのは『キセキの世代』の黄瀬涼太、『モデル』の黄瀬涼太を求める頭の悪い奴らばかり。安息の地は彼らの周りしかなかった中学3年。
 欲しいモノは散り散りになった。足掻いても届かないと思った一番に手が届きそうだった。けれども、それは幻想でしかなかった。結局執着することが出来なかったらしい。寄ってくる連中も『キセキの世代』の黄瀬涼太、『モデル』の黄瀬涼太、『海常レギュラー』の黄瀬涼太を求める低能しか居なかった。結局安息できたのはバスケに寄り添う仲間の周りでしか得られないと思った高校1年夏。
 これからもそんな時間が過ぎていくのだろうか。顎肘をついて校舎の外を眺めていた、秋。季節は学園祭の時期を迎えていた。

 周りはお祭りムードで賑わっていた。「黄瀬くんは王子様役ねー」なんて声が聞こえる。あーはいはい、結局俺はそういう役回りなんですね。適当に貼り付けた笑顔のまま「了解っス」と答えれば、声を上げていたと思われる女の子たちはきゃあと黄色い声を上げた。
 とても…、耳障りな音だと思う。女子の声というのは超音波にも似た物を持っているんじゃないのかと思った。だいたい偽物の笑顔で幸せになれるというからお安いものである。ファンの子も、学校の子も、みんなバカしかいない。上っ面の『黄瀬涼太』ばかりを求めるやつばかり。偽物の…、作りモノばかりを求めて群がって。
 思い切りため息を付いた時だったろうか。「りょーちゃん」と此方に呼びかける声。鼻腔を通り抜けたのは柔らかなフローラル。不機嫌に歪めていた唇が、ゆっくりと上がっていく感覚がした。

「ねえねえ、私ね、衣装係になったの」
「ほー、名前が」
「うん。りょーちゃんはー…、あ、王子様?」
「そーっスよ」
「ありゃー、名前ちゃんの王子様が皆の王子様に」

 くすくすと笑う彼女は目尻を下げて、これまた幸せそうに笑う。先の彼女たちと似たような幸せを感じているんだろうけれど、どうしてこうも此方に与える感情が違うのだろうか。小刻みに震える頭をくしゃりと撫ぜる。驚いたような瞳はすぐに気持ち良さげに細められた。訂正。ファンの子達と同じくらい安っぽい理由で幸せになれるのは此方も一緒だったらしい。子猫みたいな笑顔に何度も幸せを贈ってもらっていた。
 一番に執着することを諦めた。のは、彼女と出会った時に諦めた。足掻いてでも彼女の一番になって、隣に居たいと思った。初めての感覚に心が震え上がったのを今でも鮮明に覚えている。

「俺はずっと名前だけの王子様っスよ」
「…ちょっと気持ち悪いや」
「ひでぇ!」

 何か秀でている訳ではない。とりわけ可愛くも、美人でもない。悪く言えば、どこにでも居る普通の女の子。何に惹かれてしまったのか自分でもよくわからない。もしかすると彼女の着飾らない普通さに憧れ、恋焦がれてしまったのかもしれない。
 変わってしまったという感覚はよくわからないが、彼女のための『俺』になりたいとは心から思うようになった。穏やかな笑顔を浮かべる彼女を離したくないと思った。これから先も、きっと変わることのない願い。彼女が自らこの手を離してしまったら?その時は哀しみ、狂ってしまうかもしれない。全てが離れてしまう前に鎖で繋いでしまうかもしれない。小さな部屋に閉じ込めてしまうかもしれない。
 幸せそうに微笑む彼女は知らない。内に秘めた、この狂ったどす黒い独占欲も、薄汚い本能も、性欲も。知られたくない?いや、知られてもいい。ただそれは彼女がこの掌に綺麗に堕ちてしまってから。

「名字さん、衣装の打ち合わせなんだけど」
「待って待って、私も一緒に行く」
「名前っ、…衣装係って男もいるんスか?」
「え?うん、まあ…普通でしょ。木村くんとかすっごく手先器用みたいだし」
「…、へえ」

 変わってなど、いないはずなのに。パキッと音をたてたのは手の中にあるシャープペンシルなのか、黒さに耐えかねた心か。
PS.僕にはわからないままでした。

(121118)
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