試合には勝った。けれど鉄平はまた『古傷』を痛めた。マネージャーでも部員でもない私は、観客席から彼を見守ることしかできなくて。それがとても歯痒かった。大好きなリコちゃんに黒くて汚い感情を抱く日が来るだなんて、誰が想像しただろうか。
 花宮くんのことを知らなかったわけではない。彼が最初に傷つけられた時を知ってるし、彼と鉄平が親しげに話していた頃も知っている。だからこそ悔しくて、苦しくて。
 階段を駆け下りる足は止まることを知らない。一目散に向かうのは選手の控え室…を少し過ぎた場所にある、廊下の突き当り。彼はバスケの試合で何かあるたびに、こういった場所にやって来ては1人反省するのだ。

「いた」

 私の声に大きな背中はぴくりと反応を示す。貼りつけた笑顔のまま「来てくれてたんだな」なんて言わないで。勝てて嬉しいはずなのに、そんな泣きそうな顔して。バカだな、本当にバカだよ。
 痛々しい彼の姿に自然と涙は溢れてくる。私が知らないと思った?今のチームメイトと全国優勝を果たせる機会が今回しかないってことを。だから馬鹿みたいな無茶してるんでしょう。そうやっていっつも、自分のことよりチームのことを優先して。何が「俺は誠凛の父みたいなポジションだからな」よ。本当にお父さんするなら、もっとどんと構えててよ。悔しそうに顔を歪めないでよ。
 近くなった胸板へ、躊躇なく拳を叩きつける。馬鹿野郎。嗚咽とともに零れてきた、私のヤケクソな罵倒すら彼は笑って受け止める。「ごめんな」って、聞きたいのはそんな言葉じゃないよ。

「ばかばかばか」
「ごめんよ」
「むちゃ、すんなって、今朝言った」
「ああ」
「うそつき」
「そうだな、俺は大嘘つきだな」

 だから泣くなって、そんな泣きそうな笑顔で言わないでよ。鉄平のそういうところ嫌いだよ。でも、そういうところは私がカバーしていってあげるから。この先もずっと、ずっと。 
 ぽかすかと殴る私の左手を柔らかく掴みあげて、彼は口吻を落とした。薬指には彼が買ってくれた安物の指輪が収まっている。それを目にした彼はふっと笑みを溢して、ぐっと体を引き寄せてきた。

「俺、汗臭いよなあ」
「…わかってるなら、離してよ」
「それは無理な相談ってやつだ」

 くつくつと笑う音が、彼の胸板を通して聞こえてくる。汗臭いな、本当に。でも嫌いなれないサロンパスと汗が混じった匂いに、涙腺はどんどんと緩みを増してくる。あーあ、ちょっと引っ込んだのに、鉄平のせいだ。
 鉄平のことを太陽みたいだと比喩する人が居た。ただ温かいからという理由ならば、それもそれでいまの状況的には納得するけれど、それ以外でも彼は太陽だな、なんて。紫外線だとかそういったものでやたらと面倒くさいのも太陽っぽいし、雲に隠れたあとにこっそりと涙を流すようなところだって。
 じんわりと肩口が湿り気を帯びだした。「ぬーれーてーるー」なんて文句を言えば、震えたような声で「悪い、汗だ」なんて見え見えの嘘をつく。あーあ、面倒くさいやつだなあ。

「鉄平」
「ん?」
「私が、鉄平のこと守ってあげるから」
「…頼もしいナイトだな」

上手に泣けない太陽ちゃん


すり様リクエスト/121116
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