カーテンの隙間から細い光が漏れている。今日もまた朝がやってきたのだ。どれだけ恨んでも、どれだけ願っても必ずやってくる光に、夜の闇を好物とする私たちの関係は幾度と無く涙を流したものだ。床に散らばったままの衣服。明け方近くまで行われていたことを切々と語るその光景に、一糸まとわぬ身体がふるりと震えた。必要な衣服だけ手に取り、リビングの奥にある浴室へと音を立てぬように足を進める。踏み出した一歩からミシッと小さな破裂音がした。
 浴室には二種類のシャンプー類が並んでいる。彼が使うものと、私が使うもの。サロン専売のものがいいと駄々をこねた私に、柔らかい笑みを浮かべ彼が買ってきてくれたもの。薄汚い関係の私へ、小さなちいさなプレゼント。しかし一向に中身は減らない。何故なのかは私が一番知っている。彼と同じ匂いを纏いたくて、手は勝手に彼の普段使いのシャンプーボトルをプッシュしていた。
 裸眼と見せかけて、実はコンタクト無しでは生活できないほど目が悪い事。清楚そうな見た目とは違って、部屋の中は乱雑で、あちこちにゴミや私服が散らばっている事。煙草とは無縁そうな眉目秀麗な顔をしているのに、部屋に置かれた灰皿には収まり切らないほどの吸殻が溜まっていること。いつだったろう。部屋で煙草を吸っていた時、ヘビースモーカーだねと笑ったことがある。あのあと彼は何と言ったろうか。…もう思い出せなくなってしまったようだ。

 寝室へと繋がるリビングに置きっぱなしのカバンを手に取って、くっつきそうになる瞼をこすった。音を立てないように最善の注意を払いながら、リビングの扉に手を掛ける。カチャッと音をたてたそれに思わず舌打ちをしたくなった。

「今日も来んの?」

 彼はいつの間にか目覚めていたらしい。下着一枚という寒々しい格好と、裸眼では何も見えないためにかけられたメタルフレームの眼鏡。無造作な髪の毛が寝起きであることを証明していて、こんなにも無防備な姿を見れるのは自身だけだという優越感に浸る…、時間はない。

「さあね」

 なるべく悟られないように、絞り出した声は予想以上に冷たいものだった。背後では彼が愛用しているジッポの音がする。じゅっという小さな音と共にふわりと香る彼が嗜好する香り。むせ返りそうになる感覚に、玄関へと続く扉を思い切り開け放した、はずだった。
 ガチャンと大きな音がした時には、外界へと続く扉が閉ざされていた。はっとして後ろを振り返れば、目の前にやって来た彼の唇から紫煙が吐き出される。思い切り吸い込んだそれに勢い良く咳き込んだ視界の隅で、彼の口端がくいっとあがった。

「同じ匂いさせてる日は来ねえって…、俺知ってるけど」

 頭のあたりに近づけられた鼻がすんっと匂いをかいだ。バレてしまっていた、絶対にバレていないと思っていたのに。かーっと赤くなる頬を誤魔化すため、彼の胸を思い切り突き押す。ドアノブにかけていた手ごと掴まれているのに、どうにか振りほどこうと「離して」と声を絞り出すも、それは彼の口内へと消えていった。口の中に広がるのは独特のあの苦味。目尻から涙がこぼれ落ちた気がした。
 目の前の端正な顔が少しだけ歪められた。どうして貴方がそんな顔をするの。そう思った頃には、薄いガラスの向こう側の黄色が暖色独特の温度をなくし、細められる。

「ねえ、俺らの関係って何?」


(121111)
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