無意識の内に彼は全てを包み込もうとしてくれる。過去に負ってしまった傷も、彼はやわらかな手つきで撫ぜながら具合を聞いてくる。それは天然のものであるが故に、誰にでも行われた。
 私と彼は恋人同士ではないが、席の近い黒子くん曰く「とても甘い雰囲気がある」らしい。此方としてはそんな雰囲気など毛ほども醸しだしていないのだが、周りはそう思えないと彼は笑った。確かに彼に撫ぜられる事自体は、とても心地好い行為であり、私自身が甘んじて受け入れている所もある。だが、所詮はクラスメイト。そう告げても、感情の見えない淡いブルーは首を傾げて「君たちがそれでいいならいいんです」と微笑んだ。


「私達って、付き合ってる風に見えるんだってよ」

 黒子くんが珍しく購買に飲み物を買いに行ったお昼休み。今日も尋常じゃない程のお昼ごはんを机に並べた彼。その内のひとつを手にとって頬張る姿は宛らリスのようだ。頬袋いっぱいに食べ物を溜め込んだ彼はキョトンとした顔で小首を傾げた。

「誰が」
「火神が」
「誰と」
「私と」
「お前と」
「そう」

 ふーん。たった一言だけ反応すると、彼はまた次のパンへと手を伸ばす。心内の私は肘をつきながら貴方のことを傍観してたけど、ガクッと肘がもっていかれてしまったよ。現実はそんな素振りをみせるわけでもなく、何事もなかったかのようにお弁当へと箸を伸ばす。今日の玉子焼きは上手くいったなあ。
 黄色いふわふわを咀嚼していると、羨ましそうな双眼が此方を見つめていた。まさに、懇願するとはこの視線のことだろう。もう一つの玉子焼きを箸で掴み、宙に持ち上げれば、それを追うは緋色のビー玉。右にやれば右に、左に返せば左に。追いかけるような彼の視線に「食べたいの」と問いかければ、至極当然のことのように「くれんだろ」と。…彼にはさっきまでの会話の意味が全く伝わっていないようだ。

「こういうことするから恋人って思われるんだよ」
「おー」
「いいの、好きな人とか」
「おー」

 ゆらゆらと淡い黄色を動かしているからか、彼は生返事をするのみ。だからバカと言われてしまうのだ。たぶんきっと、黒子くんはわかっているのだろう。私が彼に抱いてしまっている淡すぎる恋心を。彼は周りの感情に鋭すぎる。彼の培ってきた観察眼だからなせる技だが、目の前の大食漢にもぜひとも学んでいただきたい。彼の場合は鈍感にも程があるのだ。
 仕方なしに玉子焼きを食べさせれば、口の中に収まったものと同じような柔らかさで微笑む。…ああ、好きだな。月並みな言葉でしか、この気持ちを表せないのが残念でしょうがない。口には出さないけれども。

「やっぱ美味え」
「お粗末さまです」

 彼は舌もアメリカンなため、あまり味覚には期待していないのだが…。それでも美味いと褒められるに越したことはない。頬が熱を持つ感覚を気づかないふりして、先程まで繰り返していたようにお弁当を口に運ぶ。彼も彼で、また同じように包装を剥いで新しいパンを咀嚼する。

「お前さー、ほんと料理上手えよな」
「火神に言われると嫌味に聞こえるんだけど」
「んでだよ」
「黒子くんがねー、火神くんは料理も上手いんですよって言ってたから」
「ふーん」

 照れているのやら、興味が無いのやら。なんとも言えない顔をした後に、彼は手に持っていたパンを口にしようとしていた。微妙な空気。…これはいつものことか。「あ」と彼が口を開けたまま声を発する。その声に反応を示せば、親指についてしまったらしいソースを舐めとり、彼は言葉を続けた。

「そーいうんじゃなくってさ、お前と結婚したら幸せになりそうじゃね」
「は」
「少なくとも俺はそう思う」
「…ああ、うん、どーも」

 思わず顔を逸らして首を縦にふる。この男は、例えやましい気持ちなんか無くともこういう事が言えるやつだ。こっちの気持ちなんて本当にわかっていないんだろう。にこにこしながら食事を続けている。やっぱり好きだな、そういう所も。火神大我って人間が好きなんだろうな。

「ねえ火神」
「すみません、予想以上に購買が混んで…あ、」
「お、黒子遅えぞ」

 ナイスタイミングってだろうか。彼に声を掛けた途端に、図ったように黒子くんが戻ってきた。若干身を乗り出した私に気付いてしまったのか、黒子くんは黒子くんで少し気まずそうな顔をしている。「タイミング悪かったですね、すみません」って、そういう風にいうのは恥ずかしいから。小さく首を横に振れば、彼はまた申し訳なさそうな顔をした。

「そういういや、名字はなんだったんだ」
「ううん、気にしないで」
「そうか」
「そうそう」

 もしかすると、彼の登場は神の思し召しかも知れない。まだ自分の気持ちを吐露するには早すぎるのだと。口の中に残る感情を舌の上で転がして、もう一度だけ体内に戻し入れる。あと少しだけ、ほんのちょっとの間だけ、温めてから彼には伝えるべきなのだろう。だから、その間だけでいいから。その甘さを私にだけ与えてくれたらいいのにな、なんて。
未来
( ∴ 君が隣にいるなら )


たもい様リクエスト/121024
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