――薄暗い部屋に彼の淡い色はよく映える。
 霞みゆく視界の中で名前は、ゆらゆらと揺れる宮地の髪の毛に手を掛ける。差し出した己の手には薄っすらと彼の手形が付いていた。
 彼と行為に及ぶ際に、力の加減が行われることはないに等しい。ひと通り愛を語らった後、名前の体に痣が残らなかった事は一度もない。必ず手首、太もも、首筋…至る場所に彼の赤が残る。名前の白い柔肌に赤が残る程、彼は恍惚の笑みを浮かべ、とても優しく愛撫した。
 彼らを狂っていると表現するには、あまりにも美しすぎた。互いを愛しすぎていた。だからこそ「狂っている」と表現するのだと宣う者もいた。「別れろ」と注意を促す者もいた。しかし前述のとおり彼らは愛し合っていた。お互いに蕩けるような笑顔を浮かべ、その必要はないと返答した。

「清志…、きよ、清志…」
「…名前っ」

 彼が舐めとるのは、先程名前に付けたばかりの歯型。ひりりとした痛みが名前を襲う。思わず眉をひそめた彼女を、彼はまた愛おしそうに見つめた。そこには確かに愛がある。むしろ、愛しかないのだ。痛いほどの、息苦しいほどの…愛しかないのだ。
 ねっとりと唇を合わせ、互いの口内を味わう。舌の形まで覚えてしまいそうな程、口を吸い合った。唇が腫れ上がるほどにキスという行為を繰り返した。

「そろそろ形覚えてんじゃね?」
「なに、が」
「お前の全部が、俺を」
「…かも」

 彼の利き手が彼女の体をなぞる。ちょうど脇の下に彼の手が滑り降りた頃だろうか。名前の体が重力に逆らい、彼女の上に居たはずの彼と位置が入れ替わった。彼女が彼のことを跨ぐような格好になってしまった。上半身を上げていた名前だが、彼が微笑んだ瞬間に名前の体は重力に従うように落ちていく。
 ぽすん。そんな音が聞こえた気がした。肩口に顔を埋めれば、彼女の肺いっぱいに広がる宮地の香り。そんな彼女の耳元に口を這わせた彼は、くすくすと笑いながらまた唇を落とす。

「幸せだな」
「うん」
「…幸せ、だ」

 チャリっという、鉄がこすれたような音が響く。彼女が動く度に聞こえるそれの正体は、言うまでもなく彼女の足にはめられた足枷からだ。
 彼らは愛し合っている。その形は少々歪なものだ。此処は小さな愛の鳥籠。彼女は其処に飼われた白いカナリア。彼は鳥籠ごと愛すご主人様。愛し合っている、愛し合って…。少しだけ、ほんの少しだけ、彼らは歪んでしまっただけ。
 
「名前は死んだら赤い糸を流すんだよな」
「うん?」
「名前の赤い糸は全部俺に繋がんねえとな」
「…清志?」

 ちらりと見える銀も、少しだけ歪んだ愛なだけ。ちくりと刺さる切っ先も、少しだけ歪んでしまった愛の破片。つうと彼女の首元から赤が流れ、濃い桃に色付いた唇から小さな吐息が漏れる。赤い滴を空いた掌で彼が掬い取る。躊躇なくそれを舐め上げた後、熱のこもった溜息が聞こえる。

「もっと名前とひとつになりてえよ」

ザクッ。そんな音さえも、少しだけ歪んだ愛なだけ。
愛鳥
愛寵

(121024)
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