このお話の続きです。


青天の霹靂ってやつは、本当に予告なく訪れるものだと思う。

出版社と黄瀬くんのファンクラブの共同企画で、抽選にてバックステージツアーみたいなものがあるそうだ。応募が開始されたと同時に友達とこぞって応募して、何度も神頼みした。当たるわけないと心の何処かでは諦めているのに、もしもを考えてウキウキした自分がいたのも事実。

「え、あ、…はい、えっと、渋谷に13時、ですね」

知らない固定電話からの着信に疑念を抱きつつ応答すれば、おめでとうございます、と。自分でも信じられない強運に頭がショートしそうだった。たぶんショートしてただろうけど。繰り返される連絡の言葉にただただ頷くのみ。ペアでご招待ってことだから、友達を誘っていくしかない。どうしよう、何を着ていこう。雑誌の撮影ってことは、他のモデルさんもいらっしゃるかもしれないってことで。劣ってしまうけれど、それでも恥じない格好をしようと思ったのが、先々週のこと。


当日になり、友達と新調した服を着て指定された場所に向かう。目の前の建物が、たぶん、スタジオ。高鳴る胸を抑えようと何度も深呼吸するも、それはどんどんと溜息へと変化していく。指先は温度を失い、手の平は湿っぽさを増していく。緊張してるなって友達は笑うけど、正直それどころじゃない。体中すべてが心臓なんじゃないかってドキドキが襲ってくる。

「おまたせしました」

スタッフさんと思わしき方に案内されたのは、今まさに撮影が行われているスタジオ。カメラマンよりも数メートル後ろでの見学となったが、その場の空気はびしびしと伝わってくる。カメラマンの前で次々と指定されたコンセプト通りのポーズを決めていく、憧れてやまない彼。本当にキラキラしている。こんな姿見れるのは、限られた人間だけだとわかっているからこそ、涙が溢れそうだった。
幸いモデルは彼一人、らしい。それもそうか。彼のファンクラブとの企画イベントなのに、他のモデルがいるってありえない話だよな。当選当初の自分の思考は本当にショートしていたようだ。

「お待たせしました、黄瀬涼太です」

ぼーっと眺めていたら、いつのまにやら撮影は終わっていたらしい。ビクッと反応してしまった自分が情けないなと思いつつ、ぺこぺこと頭を下げる。握手会より近い距離、どうしよう、心臓が飛び出してきそうだ。

「あの、お、お疲れ様です。いつも応援してて、その…」
「ありがとうっス。今日はこんなとこまで来てもらって申し訳ないっつーか…」

あ、やばい、ぶった切られた。そう思った時には動揺が顔に出ていたのだろう。ぎょっとした顔をする黄瀬くんと目があってしまった。「ごめん、そういうつもりじゃなくて」じゃあどういうつもりだったんだろう。隣に友達がいる上に、目の前には困らせてしまった黄瀬くんも居るっていうのに。涙腺がはじけてしまいそうだ。こういう不安に駆られてしまうのも、彼が好きだから、だ。

「今日はたっぷり時間取ってるから、その、サイン会みたいな勢いじゃなくても平気っスよ」
「で、でも…」
「だーいじょうぶっス。16時までは余裕あるってマネージャーも言ってたんスから」

こっちにどうぞ、と彼が案内してくれた場所へと腰を掛ける。何度確認しても、目の前に居るのは『あの』黄瀬涼太。緊張してもう声も絞り出せない。友達が必死に会話を繋いでいる声を聞きながら、相槌を打つので精一杯。表情がコロコロ変わるところ、好きだなあ。あ、笑った。くしゃってなる顔が優しげで好きだなあ。本当に楽しそうだもの。あ、眉間に皺を寄せてる。考えてるなあ…。
なんて、画面越しに見るかのように考えていると、突然話題をふられてしまった。

「で、そちらの彼女のお名前は?」
「へ?」
「名前っスよ。せっかくだし教えてください」

にこり。笑顔に圧倒されつつも「名前…、名字名前、です」と答えれば「名前ちゃんっスね」と。ドラマや他の同名の方を呼ぶ声は何度も聞いたことがある。ただ、今この瞬間は目を合わせて、こちらに向かって呼びかけている。そう考えると自分の名前が特別なものに思えて、思わず涙が出てきそうだった。もう何回目だ、泣きそうになるの。
少しばかり話した…、というか黄瀬くんのお話を聞いた後、ほんのちょっとだが雑誌の撮影を体験するということになった。友人は「彼氏に悪い」とかなんとか、よくわからない理由で辞してしまい、私のみが体験。どうしようが頭を渦巻く中、せっかくだからとメイクさんに化粧されることとなった。その間も肌が綺麗だね、なんて声を掛けられて、挙動不審になってしまったのは言うまでもない。
撮影体験、といっても…要は黄瀬涼太とツーショット撮影ってことだ。プロのメイクを施され、撮影ブースに向かえば、先ほどとは違い、耳に髪をかけた黄瀬くんの姿。さっき話してた、過去にやった髪型でそれが一番好きって言葉を実行してくれたらしい。どうしよう、本当に、これ以上好きになったら後戻りできないよ。

「おー、美人さんがもっと美人さんになったっスね」
「あ、あの、美人じゃないですけど、ありがとうございます…」
「謙遜しない。じゃあ、お願いしまーっす」

カメラマンの返答が聞こえる。どうしたらいいのか分からず突っ立っていると、ぐいっと腕を引かれてしまった。もちろん誰がなんて、1人しかいない。これ以上見開かないってぐらいに、目を丸くしてそちらを見れば、いたずらっ子のような顔で笑う黄瀬くん。

「ほら、笑って」

引かれた手は繋がれたまま。脈打つものがそのまま彼に伝わってしまってる気がして、立っているので精一杯だ。シャッター音がなる度に彼との距離が近づいていく。一体何枚撮るんだろう。雑誌のカットもこうやって何枚も何十枚も撮られてるのかな。それに照明って意外と熱いんだな。
微妙な現実逃避を繰り返す中、とうとう肩のあたりに人肌のぬくもりを感じる。カメラマンさんは「もっとカップルみたいにー」だなんて煽るけれど、あなたは一体何をいっているんだって叫びたい気分である。頭上から聞こえる笑い声も、カメラマンさんの向こう側に見える友達やスタッフさんたちもぐにゃぐにゃになってしまいそうな頭。そんな脳内でも響き渡る声が耳元から駆け抜けていく。ああもっと距離が縮まってしまった。

「名前ちゃん、いっつもイベント来てるっスよね」
「へ?!」
「こう見えても、ちゃーんと覚えてるんスよ」

カップルのように見えるポーズを、黄瀬くんにされるがまま撮影されていく。さっきから心臓が悲鳴を上げてるよ。きっと彼だってそれに気づいているのに、笑顔は崩さないまま、私にしか聞こえない大きさで言葉を紡いでいく。

「初めての握手会で、あんなに好きだって言ってもらえたのも初めてで…めちゃくちゃ嬉しかった」
「も、忘れてください…」

「絶対ぇ忘れねえっスよ」

今日一番に近づいた距離。もう鼻先が触れてしまうんじゃないんだろうか。いくらファンクラブイベントとはいえ、サービスし過ぎだよ。鳴り止まない大きすぎる鼓動は彼に伝わってしまう。
ねえどうして今は笑ってないの。どうして真剣な目をするの。そんな表情されちゃったら、冗談に思えなくなっちゃうよ。

「忘れたくねえんスよ、気になるから」

たおやかに

ねえ、どうして好きと似たニュアンスで、愛おしいそうに笑うの。


けいち様リクエスト/121015
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