・ ・ ・ 「ぱーま?」 「そっ。なんか流行ってるらしくって、知り合いの美容師さんがやってくれたの」 こっそりと私のお気に入りボックスに名を連ねていた、彼のさらさらの金髪は、黄金色の綿菓子に突然変異した。似合ってない訳ではない。「どう?」と尋ねる度に揺れるところも、私の反応がなくて困ったように毛先を弄ぶのも、全部格好良いし似合っている。 答えは簡単だ。別人、だからだ。私の知っている黄瀬涼太はさらさらの髪の毛を風に揺らして、眩しいほどの笑顔を振りまく人。今眼の前に居る黄瀬涼太はふわふわの髪の毛をまとって、粉砂糖のような甘い顔を降り注ぐ、全くの別の人。 要は寂しいのだ。私が知らない間に知らない人になってしまったことが。 だからといって彼とお付き合いしているわけではない。大学に入学してからの知り合いだが、付かず離れず、気が付けばもう4年。お互いに就職先が決まったし、単位も全て取り終えたため卒業できる見通しも立っている。あとは論文を書いて、春になるのを待つのみ。ゆったりと残りの大学生活を送ろうとしている、みたいな。だから彼の頭もゆったりふわふわなのか…、なんてね。 「やっぱ似合ってない?」 「…そんな事はない、けど」 「けどって、」 互いの家を行き来し、泊まり込むようなそんな仲。周りには付き合っていると思われることだって多々あった。一線を超えていないだけで、常に一緒にいるような二人だから、そういう風に思われても仕方ないのだけれど。 アルコールを過度に摂取した時に過ちを犯しかけたこともあった。が、どうしてだか、私の顔を見た彼は泣きそうな顔をして「ごめん」といったのだ。私も私で、彼の悲痛な声を聞いた途端に頬の熱はおろか、頭に靄をかけていたアルコールまですっと醒めてしまった。それと同時に嘔吐感にも似た哀しみが込みあげた。 つまり、私は彼のことを好いていたのだ。友情でも尊敬でも憧れでもなく、恋愛感情で。もちろんその気持ちは現在進行形。あの瞬間に気づいてしまったのだけが頂けないが、事実は事実として受け入れることとした。 そして、今日も今日とて、彼は私の部屋で胡座をかいて寛いでいる。十数分前に出したココアはか細い湯気を出して、未だに己の温かさを演出していた。 「私はさらさらの髪が好きだった」 「…、そーかよ」 本音を隠すようなじゃないので、そのまま伝えれば、彼は唇を尖らせ不機嫌なオーラを醸した。 多少の喧嘩は絶えない方だった。ただ、いつも彼が先に折れて、へらっとした顔で謝るので、同じように笑って許してしまうのだ。喧嘩の大小も、どちらが原因とかも関係なく、彼が謝罪して、私が許す。そんな彼に甘えていたから、今この空気をどう打破していいのか分からない。 「黄瀬」 「…」 「黄瀬ってば、」 「……」 「…返事してよ」 分からないのだ。どう縋れば彼は反応してくれるのか。どう甘えれば彼は反応してくれのか。いつも彼が私のことを汲み取ってくれていたのだと、こんな時に感謝せねばならないとは。依然としてウェーブのかかった髪は揺れているのに、こちらを振り向くことはない。 …ー あゝ、泣いてしまいそうだよ。 「名前が、」 「えっ」 「名前が言ったんだろ、パーマがかった髪の毛の男が好きって」 「…そんな事言って」「た」 「言ってた…、この前」 細くて千切れてしまいそうな記憶の糸を辿る。私はいつ、そんなトンチンカンなことを言ってしまったんだろうか。…ぐるぐると脳内の螺旋階段を登って行くと、ある記憶にたどり着いた。 本当につい、この前のことだ。講義終わりに友達と…所謂、恋バナをしていたとき。彼氏のいない私にどんな人がタイプなのかーなんて周りが聞くから、「ゆるいパーマのかかった男の人」だなんて答えた、きがする。別段それに深い意味はなかった。ただ彼のことは悟られたくない、その一心で彼とは正反対の髪型を答えた。まさか、聞かれていたのだろうか。 残念ながら、私の思考回路は利己的に出来ている。私の好きな異性の髪型を偶然(だと思われるタイミングで)聞いてしまった彼が、その髪型通りにイメージチェンジしてきただなんて。もう、そうとしか思えなくなるじゃないか。 「うそ…」 「分かったっしょ?そういうことなの」 「…まっ、待って待って…え、でも、黄瀬、」 「なに」 「前に私のこと襲いかけて、その、やめたじゃん…だから、」 言葉にすれば、それは凶器のように胸を抉る。そう感じているのは、あの瞬間から彼を好いてしまっていた私だけかもしれない。 目の前の彼は少しだけ思案するような素振りを見せ、ふわふわの髪を散らしながら微笑む。薄い唇は少しだけ息を吸うと、次の言葉を紡ぎだした。 「正直、あの時は名前とヤッちゃてもいいかなーとか思ってたけど…。いざ組み敷いて、自分の下に居る名前見てたら…すっげえ辛かったの。このまま流されたら、名前との関係崩れるんだろうなとか。その反面、既成事実作っちゃえば、もう離れらんないんじゃないかとか最低なこと思う俺も居てさ」 「ご、ごめん、待って…ほんと、ちょっと待って」 「え、」 「なんか、その口ぶりって、その頃には…」 ようやく目が合った瞳は、これから伝えようとする言葉にどれだけの意味が込められているのかを語るようだった。 ・ ・ ・ 生き埋めにした恋を掘り起こす (121016) |