「おかえりなさい!」

玄関で後ろ向きに靴を脱いでいると、腰のあたりに衝撃が走る。その正体は知ってるし、「ただいま」と言いながら彼女の腕にそっと己の腕を重ねた。後ろから抱きしめられた後、絡め合う左手がカチって音を立てる、ちょうどこんな時。ああ彼女と結婚したんだなあって、謎の安心感が体中を襲う。背中越しに聞こえる彼女の声がご機嫌だと、こちらまで浮き足立つ気分になる。己も犬のようだと言われる部類だが、彼女のほうがよっぽど犬っぽい。今だって、こうして背中に鼻を這わせて匂いを嗅いでいるのだろう。

「涼くんの匂いがする」
「何スかそれ」
「おひさまとー、シャンプーとー、我が家の柔軟剤とー、涼くんの香水とー…、」

あ。と呟いた後、くつくつと背後からは楽しそうな笑い声。何がそんなに面白いの。俺にも教えて、一緒に笑おうよ。拗ねたように「次はー」と尋ねれば、背後から回る腕にぐっと力がこめられた。

「あとはね、私の匂い」
「…はっ、」
「昨日の夜もぴったりくっついてたからかなぁ。涼くんと一心同体みたい」

溶けて混ざり合って、ひとつになってしまいたい。何度も願ったことだ。組み敷かれ、期待の色に染まった彼女の目とか。どろどろに惚けた彼女の全てとか。同じく期待に染まった己と、どろどろに惚けた己の全てが、遺伝子単位でひとつになれと何度も思いながら抱いたことか。その彼女が、一つになったようだと、似たようなニュアンスの言葉を発した。ああどうしよう。口元が緩んでしまう。

「名前ってば、それの意味わかって言ってるの」
「バカにしないでよ」
「…んじゃあ、今夜も一心同体になろうか」
「え、あ、…そ、そっちだったの」

言葉がフェードアウトしていく。彼女が考えていたのは四文字熟語としての一心同体の意味だったのだろう。バカだな、本当。そういうところも可愛らしい。だけど今夜はもっと深くまで一つになろうよ。彼女の腕を引いて、正面に連れてくる。ちょっとしたことで頬が紅く染まるのは、あの頃からずっと変わらない彼女の可愛らしい一面。…涼くん、ってさ。子供が生まれても呼んでくれるかい。名前の口からパパって単語が溢れるのもくすぐったいけど、君の中の一番はずっと俺でありたいだなんて、我儘だろう。独占欲の塊だって笑うんだろう。チェリーみたいな色した唇だって、噛み付いたらきゅっと締めるところだって。こういう感覚ってなんていうんだろう。そうだな、「愛の塊」って名付けようかな。もちろん名前限定の。
盲目

(121012)
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