…―― ふかふかの枕に埋まり、瞼を伏せ肩を上下させる彼を見れるのは、あと何度だろうか。

彼の左側は無防備だと、いつも思う。長い前髪に隠された右側とは違って、さらけ出された瞳や睫毛たち。寝ている時はただでさえ無防備なくせにな。私が貴方を狙う殺し屋だったらどうするの?と笑ったら、名前に殺されるなら本望だよって優しくキスして。彼の嗜好品の香りが二人の香水と混じって、部屋中に犇めいて。とても「甘い」と思った。このまま、この微睡む空気に溶けてしまってもいいと思った。

…―― 現実はそんなに甘くないと知ったのはいつだったろうか。

彼が寝返りを打てば、さらさらの紫黒は二人だけの匂いを発する。彼の形を刻み込まんと、彼の重さに沈むマットレスや枕。まるで私みたいだ。必死に彼の形を覚えようと諸手を広げている。それがただの独り善がりの行為だと気付いたのは、つい最近だった。

冬の近づきを知らせる寒さに、思わず彼に身を寄せた。子供体温、とまでは行かないけれど、冷え性な私より熱を持つ体は、まるで人間ゆたんぽ。閉じられたままの彼の脚の間に自身のものを滑りこませる。予想外の冷たさに、彼の意識が少しだけこちら側に戻ってきたようだ。

「…名前、」
「ごめ、辰也。起こしちゃった」
「うう、ん…何時」
「まだ3時よ」

んー、という唸り声を上げたかと思えば、彼はまた夢の中へと旅立った。少しだけ物哀しい気持ちになりかけたが、全身で感じる彼の温もりに涙腺が緩んだ。何時ぶりだろうか、彼がこうして抱きしめてくれるのは。寝ぼけているからだろうか。…それでもいい。今、このまま眠ってしまえば、幸せな夢が見れる気がするの。

枕の縁に涙の湖ができてしまう前に、今日はそっと瞳を閉じてしまおうか。貴方の呼吸に合わせれば、きっと大丈夫。

だから呼吸はへたくそなまま


「愛してるよ」とあの日の彼は言った。「私だって」とあの日の私が唱えた。とても幸せな光景なのに、なぜだか胸にはぽっかりと穴が開いた感覚がするの。どうしてだろう、なんて、わかりきっているのに。だって、今日の私は遠くにある背中を追いかけながら、それを恨めしそうに見ているのだ。

(121012)
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -