※死ネタ、微量のグロが含まれております。


高校の卒業間際まで付き合ってる奴がいた。そういう関係になったのは高校上がってからだけど、知り合ったのは中学で。帝光のバスケ部の奴らとも、それなりに面識があった。純情可憐って四文字熟語がピッタリで、何をするにも顔を真っ赤にしてたっけ。

まあ、そんな日々も浅はかな裏切りで無きものになったわけだが。

つっても、無きものにしたのはこっちで。男子高校生ってブランド背負ってる時にしか味わえない旨みってやつに溺れてしまったってわけだ。簡単に言えばオトナの魅力に負けたってこと。流れ流れて、そのまま…奪われちゃった、てか。1回きりならアイツにもバレずに、一夜限りのアバンチュールで終わったかもしれない。なんとなく、あの背徳感が忘れられずにずるずる、ずるずる。気付いた時には、頬に手を当てて泣いてる彼女と右手に残る微量な痺れと。もう好きって言わないんだね、と顔を歪めた彼女は今でも脳裏に焼き付いて離れない。大嫌いだと叫んだあの声も、鼓膜にこびり付いているのだ。
アイツと別れちまった後も例のオトナと続…けばいいけど、現実は甘くない。要は遊ばれていたのだ。彼女のいない男は興味ないのと嘲笑ったあのオンナの汚さは一生忘れられないだろう。

何が言いたいかというと、オトコという生き物は誘惑に弱すぎるってこと。恋愛ってやつは呆気無ぇなってこと。一時の気の迷いで手放してしまった恋人を心の何処かでは引き摺っていたらしい人間に、新しい恋愛は無理ってこと。
卒業してからも色んな奴と付き合ってみたわけだが、頭にちらつくのはアイツのことで。ここが違う、あそこも違う…なんて比べた回数は数知れず。結局その違いに耐え切れず、別れを告げて泣かれたオンナも数知れず。アイツが理想的すぎたのだ。そりゃ未練も残る。

何度も言うが、無きものにしたのはこっちだ。しかし、亡き者にまでならなくてもいいだろう。

数年ぶりの再会は突然やってきた。部屋に駆け込んできたさつきは、大きな目を更に大きくさせて、これまた大きな粒を零していた。
『名前が、名前がっ…!』
それから先は正直覚えてないというか、あれだ。頭を鈍器で思い切り殴られた感覚で、ぼやーっとした記憶しかない。死因は交通事故。どうにも買い物に出掛けていた名前が歩いている所に、運転操作ミスをした車が歩道に乗り上げ、そのままドーン。言葉ではさほど酷いものに思えないのだが、現場は壮絶なものだったらしい。悲しきかな、名前は即死…だった。と幼馴染が涙ながらに教えてくれた。

かくして、今夜は彼女のお通夜である。未だ現実味が持てない頭が、会場に掲げられた名前を見て、悲鳴を上げてしまったのはいうまでもない。会場には高校の同級生や帝光バスケ部の姿も見えた。黄瀬や紫原、良なんかはさつき同様、目を赤くして今も涙している。先輩たちやテツだって、その目は潤んでいて。赤司も緑間も悲痛な表情を浮かべているのに。

どうしてだか、泣けないのだ。彼女がいなくなって心にぽっかりと穴は空いているのに。

お坊さんが上げるお経は右から左に流れていく。コソコソと聞こえる話し声は「まだ若かったのに」とか「将来が楽しみな娘さんだったのに」とか「とても良い娘だったのに」とか。なんで過去形なんだよ。なんで悔やんでんだよ。頭の片隅じゃわかってるのに、全てを嚥下するにはまだ時間がかかりそうだ。
お焼香の後に彼女のご両親やご親族に挨拶をする。先に挨拶したさつきは嗚咽を漏らしながら、彼女のことが好きだったことを伝えていた。ああ、もうすぐ自分の番だ。

「…、この度は」
「あ、青峰くん…?」

まったくもって失礼な話だが、彼女とお付き合いをしている間に彼女のご両親に会ったことは一度もない。直接会うのは今日が初めてのはず。面識なんてあるはずないのに、目の前の彼らは自身の姿を見て目を丸くしているじゃないか。何故なのか聞きたいのは山々だが、後ろが詰まっている。形式通りの挨拶を済ませて席につく。正面を眺めれば、あの頃と変わらない名前の笑顔。もう二度と近くであの笑顔を見れないんだと思うと、口の中いっぱいに現実の味が広がった。現実ってやつは苦いだけじゃないらしい。

式が終わり、退場する前に再度親族へ挨拶に向かう。今度は手を取って名前を呼ばれてしまったことに少しだけ動揺するも、目の前のご両親が瞳いっぱいに涙を浮かべていることに気づき、ぐっと唾を飲み込む。「最期に名前の顔見てあげてね」と言われてしまった。先も述べた通り、彼女は即死だった。外傷もなかなかのもので、式中も式前も、棺の蓋は開けられることはなかった。が、彼女の母親はその開かずの扉をそっと開く。

「体はね、お世辞にも綺麗って言えない状態なんだけどね…」
「…」
「顔はお医者様も吃驚するぐらい綺麗だったのよ…ほら、名前、青峰くんよ」

覗きこんだ先に居たのは、生前と変わらぬ穏やかな寝顔の彼女。頭を過るのは、とある有名な台詞で。本当にこれで死んでんのかよ、嘘だろってぐらい…ずっと見てた寝顔と変わらなくて。でも、思わず伸ばした指先が触れた頬は氷のように冷たい。ほっぺつついたら不機嫌な顔して「やめてよ」って言ったじゃねえかよ。すぐ後に、バスケやってる人間の指、引っ掴んで「食べるよ!」なんて笑うんじゃねえのかよ。もう、出来ないのかよ。

「この子ね、いっつも貴方の話ばっかりでね…今日は大輝くんが試合でこんなに活躍したんだよ、とかね。自分のことよりも貴方のことばっかり報告するのよ。だから、今日初めて会った感覚がないの。不思議よね、本当に初めてお会いするのに」
「…、」
「口を開けば青峰くん青峰くんでね。お父さんには言えなかったみたいだけど、貴方とお別れしたことも知ってるのよ。女同士だからきっと話やすかったんでしょうね」

彼女の母親が告げる驚愕の事実に、口中の水分が飛んでいったような感覚に陥った。おいおい、女親ってやつにはそこまで話しちゃうものなのかよ。とはいえ、此方の非しか無いことは事実。謝罪の言葉を告げると、「いいのよ」と笑って許されてしまった。決して許されるようなことではないのに。

「その後もこの子ったら、ずーっと貴方のこと引きずっててね…」
「えっ」
「本当バカだからね、貴方に迷惑かけないように試合の応援に行ってたみたいなのよ」
「そう、だったんスか…」
「ずっと青峰くんのこと、好きだったみたいでね」

ぽたり。母親の瞳から零れた雫は、死化粧を施した彼女の頬に川を作る。耳の奥で響く声は、あの日の大嫌い。ずっと好きだったみたいってなんだよ。二人してずっと遠くから想い合ってただけかよ。一度も触れること無く、言葉もかわさず。二度とそれが叶うこともなく。遠くで母親の「引き止めてしまってごめんなさい」って声と、「来てくれて有難う」って声が聞こえる。頭の整理がつかないままにお礼を告げ、会場の外へ向かう。キャパシティーオーバーって、こういうときに使うんだな。

外には壁に寄りかかるようにして、さつきが待っていた。彼女の鮮やかな桃色に喪服の黒はとても映えるが、決して似合うものではない…なんて事考えてねえとやってらんない。

「わりぃ、遅くなった」
「ううん平気。大ちゃんこそ…、大ちゃん?」
「あ?」
「ほっぺ」
「が、どうしたんだよ」
「泣いてる」

さつきの言葉にハッとして、己の手をそっと頬に伸ばす。触れた場所は確かに湿り気を帯びていた。ああ、全てを受け入れてしまったら、泣いてしまったのか。そう理解したと同時に堰を切ったように溢れでてくる感情、涙、なみだ。一瞬だけ驚いたような顔をしたさつきは何を理解したのか、小さなカバンからハンカチを取り出して目元に押し付けてくる。

「やっと泣いたね。ずーっと誰よりも泣きそうな顔してたくせに」
「……っ、わり、とま、ね…」
「…ねえ大ちゃん。お家帰ったらね、渡したいものがあるんだけど、 …――――」
ミス・エレジー

沈んだ日


大輝くんへ
 これは私に『もしも』が起こった時用にそっと書いてます。ほら、人生っていつどこで何があるか分からないでしょう?備えあれば憂いなしって昔の人も言ってるし。そしてこれは、起こらないで欲しい『もしも』が起こってしまった時、大輝くんに渡すようにさつきちゃんに託しておきました。名前ちゃんってば天才よね。まあ何が言いたいかっていうと、これを読んでるってことはそういう事なのかなって。
 今から書くことは、実際に声にしては言えないので。二度と書かないし、言わないから、これはしっかり保管しておいてね。
 もう長い間一緒に過ごしてきましたね。(まだ高校生だろ!ってツッコミはいりません〜)大輝くんのムカツクところとか、いっぱいあるんだけど…、今回は大好きなところを書いておこうと思います。
・実は優しい所!(何だかんだ言って最後にはわたしを甘やかしてるよね)
・実は頼りになる所!(ちょーっとだけお馬鹿さんだけど、男らしいよね)
・バスケが超超超上手い!(またあのフォームレス?だっけ?エビ反りシュートみた〜い!)
・わたしの事を好きな所(大輝くんは名前ちゃんにフォーリンラブですから)
・笑顔が可愛い所(だいすき)
とまあ、こんなところです。他にもいっぱいあるんだけど、大輝くんのこと好きすぎて、書き出したら止まらないや(笑)
 そのね、なんていうか、わたしの、名字名前の事で涙を流すのはこれを読んだ時までにしてください。わたしねー、大輝くんの笑顔が大好きなの。いや、笑顔だけじゃないんだけど。長い腕も、制汗剤の匂いも、ちょっとだけ子供体温なとこも。全部大好きなんだけど、一番好きなのはその笑顔だよ。だからお願い、笑って大輝くん。

どうかそんなに泣かないで


みなほなみ様リクエスト/121002
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -