今日は有名なコスメのCM撮影だという。名の知れていない私に、どうしてそんな大役が回ってきたのだとマネージャーに問えば、私がメインのものではないと。だろうなと思う反面、悔しさでどうにかなってしまいそうだった。女性物のコスメCMだというのに、メインは男性モデルらしい。しかも、年下の。

CMのコンセプトは『出掛けるお姉さんを綺麗にするメーキャップアーティストの弟』らしい。なんともまあ、綺麗なお姉さんは好きですか?みたいなコンセプトだこと。狙いは私と同じ20代の女性とのこと。じゃあ何故、男子高校生モデルをメインで使うのだと悶々と考えていると、マネージャーが困惑顔でそっと耳打ちした。

「黄瀬涼太くんって、10代〜30代の女性にすっごい人気のモデルさんなんだって」

 …― だからどうした。
そんな悪態を吐いたって、今日の撮影が無くなるはずもなく。上の空で聞く監督やプロデューサとの打ち合わせ。念入りにやったって、私はモデルというよりは人形に近いことしかやらないのに。もうすぐ来る高校生モデルのフォローをしてくれと頼まれるのは、私が先輩モデルだからか。はたまた、年上だからか。

颯爽と現れたモデル君は、確かにその人気が頷けるような外見をしていた。誰もが目を引かれるようなオーラ、人に不快感を与えない笑顔。スラっとした体型は、なるべくしてモデルになったと言っても過言ではないようなもの。どれをとっても申し分ない、モデルとしての経験年数は私の方が長いだろうに、どちらがモデルかと問われれば、10のうち9は彼だと答えるだろう。

「黄瀬涼太っス。今日はよろしくお願いします」
「あ、どうも…名字名前です。こちらこそよろしくお願いします」

礼儀もわきまえてる、と。これは…、女性スタッフたちの目がピンクのハートに輝いてしまうのは仕方ないのかもしれない。彼のことをモデル以外で例えるなら、王子様だ。

  》 》 》

「カメリハいきまーす」

スタジオ内にスタッフさんの活力ある声が響く。小奇麗な衣装と口紅以外を施したメイクで、自宅の玄関先を模したセットに待機する。出掛けようとする姉を呼び止めて、メーキャップアーティストの弟が新作のリップを塗って送り出す…というシチュエーションらしい。用意されたシューズはMiu Miuの新作のようだ。一瞬しか映らない足元までファッションのことを考えられているあたり、今回のスタイリストさんは流行に敏感と見た。あの扉…、に見えるセットの影からお相手というか、本日のメインが出てくる。カメリハとはいえ緊張が走る体を落ち着け、そっと打ち合わせ通りにシューズに足を通した。

「ちょっと待った」その一言から物語が始まる。呼び止めるような彼の声に、ゆるく巻かれた髪の毛を大げさに揺らしながら振り返る。背後には穏やかな笑みを浮かべて、新作のルージュをもった彼が居る。ここで彼の手の中のルージュのみアップ。「仕上げがまだじゃん」優しい手つきで顎を掬われ、何も塗られていない唇にルージュが塗られる。ここは彼の真剣な顔と私の唇のカット。塗り終えたら数秒見つめ合って、少しだけ近づく。「完成っと、いってらっしゃい」彼に見送られながら玄関を出る。もちろんルージュが映えるような映りを意識しながら。売り文句は『思わずキスしたくなる唇』だ。

「カット!」

リハーサルが終わる合図に、先程まで優しい笑みを浮かべていた彼の顔が豹変する。無に近い表情で此方を見つめるので、思わず敬語になりながら挨拶を交わす。下手に出た瞬間、ふっと鼻で笑われてしまい、年上の自尊心がズタボロになったのを彼は知らない。

「名前さんって、女性っぽくないっスよね」
「…喧嘩なら買うけど」
「そういうんじゃないっスけど…、俺があんなに顔近づけたのに顔赤くなんねえし」
「キスするわけでもないし、仕事じゃない。割り切ってるわよ」
「…可愛げないって言われない?」

可愛げない。それは先日別れたばかりの男にも言われた台詞だ。見た目とは裏腹の可愛げのない所が目について嫌になる。そんな事言われたって見た目を変えようと思ったこともないし、可愛げがないのも今更だと思った。そんな最近出来たばかりの傷に塩を塗りこまれて、言葉に詰まってしまう。眉を寄せたまま彼を見つめても状況は変わらない。そんな居心地の悪い空気は、これまたスタッフの活気ある声によって遮断された。次は本番だというのに、ムカムカした感情を捨て切れないまま望むのは、何かしらに影響をきたすだろう。

「みんながみんな、アンタの事好きだなんて思ってんじゃないわよ」

なんて自分の小言を正当化したかっただけかもしれない。

先程と同じような行程で撮影は進んでいく。違うところと言えば、彼の雰囲気だろうか。さっきまでの可愛らしい弟のようなイメージとは一転し、少しだけ刺々しいオトコを感じる。たぶん鋭さを増した瞳のせいだと思う。リハーサルと同じように唇を色付けられ、あとは少しだけ顔を近づけるのみ。伏せ気味だった瞼を開き、視線を彼の双眼と交わう様に上向かせる。瞬間、優しい笑みを浮かべたと思えば、唇を重ねられてしまった。事故だと思い込めるほどの時間ならば、どれだけ良かっただろう。もう十秒程触れ合っている。聞こえると思っていた、カットの声はかからない。とんっと肩に優しい衝撃が走った時、彼は「いってらっしゃい」と台詞を続ける。未だカットはかからない。つまりは続行しろということだ。熱を帯びてしまった頬を隠すように玄関…、に見えるセットを飛び出したときに、漸く聞こえた待ちに待った3文字。カチンコの音が響いた瞬間、口端に付いた紅を拭う男を睨みつける。

「やー、黄瀬くん、さっきのアドリブ?みんなドキッとしちゃったよー」
「本当っスか?リハ終えた後に名前さんと話して、ぶっつけ本番でやったんスけど…やったっスね、名前さん」
「…そう、だね」

人のいい笑顔を浮かべた裏側で、ニヒルな笑みでも浮かべているんだろうか。仮面をかぶったような表情に騙されまいと視線鋭いまま彼を見つめていれば、そっと隣に歩いてきた。クスクスと笑いながら耳打ちしてくる仕草すら様になるとは、イケメンってやつは何もかも得する生き物である。心底腹立たしいが、不意打ちの口付けに赤くなった顔は隠しようがない。
焦げてくように

Dear Hanato
I love you so much!!
(120919)
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