高尾和成、彼の周りにはいつも人が集まっている。うちのクラスの立ち位置は、某有名な少女漫画でいうところの爽やか少年だ。そのマンガ通りに進むならば、彼はクラスの陰気な女子と恋に落ちて結ばれる。そんな夢物語を描いてみても、現実は彼にひたすら恋する、陰気とも社交的ともいえない中途半端な私。読書も好きだけど、カラオケだって好き。よくいる普通の女子高生ってやつだ。
彼に恋したきっかけはありきたりなもので。体育の授業でのことだった、かな。楽しそうにボールを追いかける彼に目を奪われたのが最初。の、はず。好きになった理由なんて、所詮は後付けで。きっともっと前から『高尾和成』という存在を気にかけていたんだと思う。

「じゃあ今日の夜は肝試しなー!全員強制参加だから」

楽しい夏休みの楽しくない補講が今日も終了した。ボーっと顎肘をついて、某少女漫画のような展開が来い。…なーんて思ってたら、本当に来た。楽しそうに声を荒げる彼に、バスケ部の相棒は「そんなものを無理強いするほうがおかしいのだよ」と苦言を呈している。私もその意見には賛成だ。なにせ幽霊なんぞという不確かな存在は恐怖の対象でしか無い。彼との夏の思い出は作りたいけど、怖い思いするのは御免被りたい。家に帰ってしまってから、友だちに仮病メールでも送るか。

「やったじゃん名前!高尾くんとペアになれるかもよ〜。もちろん行くよね?」
「あ、うん」

ぽちぽちと作成した、脳内仮病メールは宛所なしで未送信ボックスに。

∴ ∵ ∴

暗闇に混じって30人ほどの人だかり。各々に携帯を眺めたりとしているため、ぼやーっと浮かぶ顔がひどく不気味だ。なんというか、その光景だけでも怖気づくというのに、これから肝試しを行うだなんて。人を集めた高尾くんに罪はないけど、発案した委員長の罪は重い。せめて脅かす側で友だちの近くに!と思って引いたくじは、ただの白紙。つまりは脅かされる側というわけだ。

脅かす側のくじ引きを引いた友人は、それはもう花も綻ぶような笑顔で手を振って暗闇の中に消える。あやつ、明日の勉強会は四の字固めの刑だ。半分ほどに減ってしまった人だかりは丁度いい塩梅に男女が分かれている。きょろきょろと視線を泳がせていると意中の彼の姿。ああ、もちろん隣にはいつもの相棒さんです。

「ほい、名字ちゃんもくじひいちゃって」

ニカッと笑う高尾くんに諭され、怖ず怖ずと手を伸ばす。せめて知ってる相手がパートナーでありますように。彼が持っている小さな袋から、小さなちいさな神を引き出す。そんな願いはあっという間に打ち砕かれてしまった。

「おぉ、3番?俺とじゃーん」

きっと目を丸くして驚いたことは近くにいた相棒Mくんにしかバレていない、はず。

∵ ∴ ∵

3番目という順番はあっという間にやってくる。小さな懐中電灯ひとつで照らされる道。もちろん、それを持って先を歩くのは彼以外におらず。本当はこの数十センチ離れた距離も怖いんです!といえる間柄だったらどれだけよかったことか。ぎゅっと握りしめた拳は、先程から滴るような汗で湿っている。遠くに聞こえる夏の虫の声も、クラスメイトの声も、全てが恐怖の対象で、全てが憎く感じる。

「名字ちゃんさー、」
「ひぁい!」
「へ?」
「…あっ」

身構えていたせいか、話しかけてくれた彼の声にも驚いてしまった。ただ驚いただけならまだしも、到底言葉に表せそうに無い、裏返った声を挙げてしまった。そのことに気付いた時には、顔から火が出そうなほどの羞恥心が襲ってくる。あ、穴はどこだ。私がすっぽり収まるような穴は!わなわなと震える私を尻目に、目の前の彼は堪え切れないと言わんばかりの笑い声を上げる。どうぞ、いっその事笑って下さい。一頻り笑った後の彼の目尻には涙のおまけ付き。いやいや、笑ってくださいとは思ったけど、泣くほど笑ってくれとは思ってないよ。仮にも想い人にそんな笑われちゃったら、乙女の自尊心ズタボロだよ。

「あー…、ごめんごめん、笑っちった」
「ううん、私が変な声あげちゃったから…」
「にしても、なんてったっけ?あーもー、わかんねえけど面白かったわ」

ケラケラと楽しそうに笑う彼に「私に話しかけた理由って何なんですか」なんて聞ける勇気が私に備わっているとお思いですか。馬鹿め、この笑顔を見れるだけで心臓はいっぱいいっぱいです。

「って、違ぇわ。もしかしてなんだけどさ、名字ちゃんって、こういうの苦手?」
「こう、いう…?」
「あー、ホラー…的な?」
「……そん、なこと、…ある」
「だろうね」

じゃなきゃ、あんな声出さねえっての!一度収まった笑いがぶり返したようにケラケラと笑い出す彼。そんなに笑われるような声だった気はしないけれど、楽しそうな笑顔に免じてスルーしておこう。だって一生訪れないと思うの。こんなに近くで彼の笑顔が見れること。

「そんじゃー、ほいっ」
「ほい?」
「いや、ジャンケンじゃねえっての」
「あ、ごめん…条件反射で」
「なにそれ。まあいいわ…とりあえず手を繋いでくんねえと、俺、絵面的にめっちゃダセェから」
「手を…、手を?!」
「そーそー、怖いんしょ?」

全てお見通しだと言わんばかりの笑みを浮かべて、彼は左手を差し出す。確かに私がここで握り返さなければ、彼は間抜けな男そのものだ。しかしながら、彼は意中の異性である。彼にとってはただ手を繋ぐといっても、私にとってはただ手を繋ぐではすまないのだ。妙な緊張感に襲われる体を宥めつつ、そっと手を伸ばして重ねると、ガッチリと握られる右手。ああ手汗をかきませんように。出来る事ならドキドキが伝わりませんように。今度は彼の鼻歌をBGMに引っ張られるようにして夜道を歩き出した。
口どけぬ砂糖

かやの様リクエスト/120918
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