妙な意地の張り合いで、日誌を彼に託すこととなった放課後。むっとした顔で日誌を書き綴る彼を尻目に、必死に黒板に手を伸ばす私。彼と私の体格差を考えれば、どう考えても日直の仕事としては逆である。過ぎたことを後悔しても仕方ない。なるべく落ち着いた柔らかい声で、彼に話しかける。

「火神くん」
「んあー?」
「日誌書けた?」
「あー…、まだ」

カリカリと彼が筆を走らせる音と私が黒板を消す音を主旋律に、コーラスに運動部の掛け声、伴奏は吹奏楽部と軽音部の音楽…ってところだろうか。疾うの昔に消し終わった黒板を何度も何度も消す作業を繰り返す。ただなんとなく、さっさと1人では帰りたくなかった。

「ねえ」
「おー…」
「バスケ部ってさ、色々と有名だよね」
「有名…?」
「うん、有名」

彼の手に持たれたシャープペンシルがポキっと音をたてる。そういえば、彼のノートを見せてもらった時、予想以上の筆圧で書かれたノートに黒子くんと一頻り笑ったっけ。顔を赤くしながら怒る彼の姿がとても可愛らしくて更に笑みが溢れたのは記憶に新しい。その時のように眉を寄せる彼にニコリと微笑むも、やはり苦い顔は崩れない。

「ほら、屋上の…未成年の主張的なやつとか」
「あー…」
「それに皆格好いいって噂してるよー」
「…へー」
「えーっと、誰だっけ…あ、伊月先輩とかだ」
「……」
「火神くん?」
「そういや、名字って伊月先輩と知り合いだったっけ」
「知り合いってほどでもないけど…どうかした?」

脳裏に蘇ってくるのは、先日火神くんたちを探しに来た際に少しだけ話をした先輩の姿。確かに格好良いといわれるのも肯けるが、時折溢れてくるダジャレが彼の残念さを際立たせていたような気もする。けれども彼の言葉の節々から伝わってきて、とてもあたたかい気持ちになったな。

なんて先日の事に思いを馳せているとガチャリと音がする。乱雑に置かれたシャープペンシルに疑問を持ちつつ、俯いてしまった彼の様子を伺う。一歩、また一歩彼に近づいた時、予想外の衝撃が身体を襲う。後頭部にも響くかと思った痛みは一向に襲ってこない。その代わりといっては何だが、両手は拘束され、目の前にはムッとした表情のままの火神くん。鼻先が触れてしまいそうなほど近くにある彼の顔に心臓が大きく脈打った。

「あの、え、か、がみくん?」
「俺さ、あんま心広くねえんだわ」
「えっ?かっ…――」

ふわっとカーテンが広がる。壁際まで追い詰められた私達をそっと覆い隠す様なそれに目を奪われる暇もなく、私の唇は彼に吸われてしまっていた。どうしてこんな事になってしまったのか。私の足りない頭ではどうにも思考がおっつかない。分かることといえば、今この瞬間に私の唇が火神くんに奪われてしまったということだ。

「ちょっ、かが、」
「…わりぃ」

あっという間に離された手によって、私の体は重力に逆らえず床に尻をついてしまう。風にまかせて開かれた日誌はすでに綺麗な字で書き終わっていたようだ。此方を一切振り返ること無く教室を出ていった彼は、何を思って私の唇を奪ったのだろう。そっと触れた場所に残る彼の温もりは何も教えてくれない。
切っ先みたいなその

ピヨコ様リクエスト/120917
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