ざっざっという砂をきるような音と荒い息遣い。自転車を漕ぎながら感じる風は心地よい涼しさを生む。首筋に流れた汗は肩にかかったタオルに染み込んでは消える。ああ暑いな、このままでは茹で蛸になってしまう。もちろん後ろの宮地が。キュッとブレーキをかけて後ろを振り返る。苦しそうに肩で息をする彼に汗をかいたペットボトル傾け「休憩しよう」と笑いかける。左手につけたリストバンドで額の汗を拭って同意する彼にもう一本のペットボトルを手渡して、自転車を適当な場所に停めた。

「ったく、今年の夏もあっちーな」
「熱中症になりそうだねー」
「え?なんだって?」
「ねっちゅーしょー」
「ほう、キスして欲しいのか」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」

ペットボトルの蓋を開けた彼がニヤリと笑う。冗談にしては質の悪いものだと思う。汗ばんだ彼の背中をペシッと軽く叩けば、大げさなリアクションを取った。痛い痛いと笑う彼よりも痛いのは私の心だと言えたらどれだけ楽になれるのだろうか。

汗ばんでいたペットボトルの中身が半分になった頃、隣に腰掛けていた彼が再出発を提案する。異論を唱えることはせず、彼の分の飲み物もまとめて自転車のカゴに放る。もう一度自転車に跨り、ペダルを踏み込んだ瞬間に、彼のロードワークは再開される。

「あー…、もうすぐ夏が終わっちまうな」
「もう暦の上では秋だからね」
「はえー…まあインターハイも終わっちまったしな」

横目で確認した彼の表情は先程とは違い、何を考えているのかよくわからない。そう、私達秀徳高校の夏は疾うの昔に終わりを迎えたのだ。あっという間の夏だった。インターハイ常連校と呼ばれたうちが、まさか、あの大会で夢が潰えてしまうとは。今思い出してもあの瞬間は崖から突き落とされたような気分だったと思う。悔しさを噛み殺す同級生の顔、呆然とする後輩たち。可愛い後輩がシュートしようとしたボールが弾かれた音は今でも鼓膜に残っている。終わったと思った瞬間にポロッと零れた涙は誰にも知られていないはず。ただ今年は少しだけ違っていた。今回はWCが残っている。彼らの夏は終わってしまったが、バスケは終わっていないのだ。感傷的になる思考の中「なあ」という彼の声が脳内に響く。

「俺らの夏が終わっちまって、次の冬が終わったら…俺らどうなんだろうな」
「どうって…そりゃ受験生でしょ」
「まあそうだよなー…、俺ら3年だもんな」

彼がくすりと笑った気がした。進行方向を向いたままの顔じゃどんな笑顔なのか見えやしないけど、きっとあの時と同じ情けない顔だ。肩を落とした後輩たちに、自分たちは大丈夫だと力なく笑った、あの。

「…俺さー今の秀徳、好きなんだよな」
「え…?」
「ほら、なんつーか、まとまりがあるというかさ…緑間が変わったんかねー」
「そうだね、最近の緑間くんってカドが取れて丸くなったというか」
「ようやく可愛げが出てきたんだよな」
「その通りだね」
「あー…辞めたくねえな…」

それは気をつけていないと取りこぼしてしまうような、未だ苦い笑みを浮かべているであろう彼の苦々しい呟き。私だって出来る事なら辞めたくない。ただ時間は止まってくれない。こうして話す彼の足が止まらないように、ただ只管に進んでいってしまう。砂時計の砂がそっと流れ落ちていくように、音もないままに。

「延々と続く不変ってのは無いんだよね」
「あー…?」
「ほら、一匹狼だった緑間くんが変わったように、いずれは変わってしまうんだよ、だけど」
「けど?」
「私は、その宮地の思いが消えない限りは秀徳は変わらないと思う、よ」

あまりの恥ずかしさにフェードアウトしていく言葉尻。ああ穴があったら入って埋まってそのまま土に還りたい…!少しだけ俯いた視界の端でどんどん遅くなっていく彼の足元。緩やかになるその走りに焦ってブレーキを握る。薄っすらと汗をかいて立ち止まる宮地の顔には笑みが浮かんでいる。

「ちょっと、宮地?」
「ははっ、あー、なんつーか…ありがとな」
「え?よくわかんないんだけど」
「いや、俺さ、お前のそういうところ好きだわ」

くつくつと笑った彼が告げる残酷な言葉。柔らかいと見せかけたそれは的確に私の心の痛い場所を抉る。一瞬だけ目が見開かれた感覚がした。いや、したんじゃない。あまりにも驚きすぎて見開いたのだ。目がしぱしぱするな。

「わ、たしも、好きだよ」

引き攣るような笑顔も彼の目には上手な笑みに見えていればいいのに。彼の発する『好き』と私が発した『好き』は違いすぎる。私には不純な想いが入り混じりすぎている。ありがとうと笑う彼の顔がこんなにも眩しい。あの時、私にその笑顔を見せてくれた瞬間からずっと、貴方が…

焦点がぼやけた視界に衝撃が走る。ぐらりと揺れたことで彼が直ぐ側まで来ていたことに気付いた。じゃあいくぞと笑った彼が少しだけ先を走りだす。何時まで経っても私は彼の背中を追っていくのだろうか。この距離もずっと変わらないままなのだろうか。

佐々木様リクエスト/120902
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