『海に行こう』と彼女が笑って誘ってくれたのは、何時のことだっただろうか。潮風に揺れる彼女のスカートを見ながら思考を巡らせても、答えは一向に出てこない。唯一わかることは、彼女の中で黄瀬への想いを吹っ切った頃…なんだろう。この靄がかかった心も、この空と同じくらい晴れ渡ってくれないだろうか…なんて、ロマンチックすぎるだろうか。悶々と考える己の前を楽しげに彼女ははしゃぎ回る。そんなに海が好きなのか、それとも…空元気なのか。よろしくない考えは悪循環を起こして、今度は心に雨を降らせてくれそうだ。 「なあ、名前」 「なにー?」 「お前さ、本当に黄瀬の事吹っ切れたのかよ」 問いかけに答えようと此方を向いた彼女の目が一瞬だけハッとする。その後は質問の意図が分かったのか、何なのか。にやけたような、むっとしたような。兎に角、あまり機嫌がいいとは言い難い表情をしていた。 「えー、私の言葉が信じられないのー」 パシャッという音がした時には、彼女が水面を蹴りあげていた。その勢いに乗った水しぶきは容赦なく己に降りかかる。茶化されているのだろうか。此方は真剣に聞いているというのに。 「えーって…お前、毎日あんだけ黄瀬黄瀬言ってたんだぞ」 ああ、なんて格好悪いんだろう。きっと今の俺は世界一情けない顔をしている。現に目の前の彼女も釣られたように眉尻を下げてしまったじゃないか。なんでもない。冗談だ。聞き流してくれ。その3つを告げようと口元に力を入れようとした。のだが、それは腰元に感じだ衝撃で閉ざされてしまう。申し訳程度に回された腕は細くて白い。 「好きだよ」 「…黄瀬が?」 「青峰…、ううん、大輝が」 ニッコリと此方を見上げて告げる彼女の瞳に、うっすらと映る驚愕した己の顔。今は一番大好きよ、って…そんな言葉、反則じゃないのかよ。わなわなと震えるように回しきれなかった己の腕を彼女の脇の下にくぐらせ、すっと持ち上げる。 「ちょっと、あおみ、…じゃなくて、大輝!なにして」 「本当にか?!」 「え?」 「本当に、俺のことが…」 「うん、本当に大好きよ」 優しく告げられた言葉に胸が暖かくなる。ずっと向けられることはないと思っていた。一生叶うことのない恋だと思っていた。今、目の前で彼女が笑って告げた言葉をずっと刻み続けたい。楽しそうに微笑む彼女は、夏の太陽よりもずっとずっと眩しい。思わず細めた瞳の向こうで彼女がもう一度好きだと告げた。ああ…そうだな、出来る事なら今死んでしまいたいな。どうせなら、世界で一番彼女に愛されているこの瞬間を永遠にするために。 今日も世界は美しい こまめ様リクエスト/120828 |