彼のポーカーフェイスが崩れる瞬間が見てみたい。読書する横顔を眺めながら、そんな事を考える。

高校生の頃からの付き合いは長く、かれこれもう6年経っていた。10代はあっという間にすぎ、いつの間にかお酒もタバコも許される年令になってしまった。その間に彼が涙したり、破顔したりする瞬間はなかったわけじゃない。ただその理由に『私』という存在が無いのだ。高校時代の彼を作り上げていたのはバスケットボールとチームメイトが主で、『私』はその飾りにしかすぎなかった。悲しきかな、高校生の間でデートやらの恋人らしいことなんて、指折り数える程度しか行えなかったのだから。それでも彼から離れなかったのは執念が成した業というやら。それだけ『黒子テツヤ』という存在に恋焦がれていたのだ。

大学生になった今だって、その機会はさほど変わりはない。彼は未だにバスケを続けており、暇さえあればかつての仲間の誘いに二つ返事で出て行ってしまう。違うのは互いが大人になったことにより、時間に縛られなくなった程度だ。今日もこうして、いつもなら部屋で連続ドラマを見ている時間帯に彼の部屋を訪れる。二人きりの空間だというのに彼は自分のベッドを背もたれがわりにして読書に夢中だ。つまらない、ああつまらない。ぽすっと小さな音を立てながら伏せた場所から香る彼の匂いを肺いっぱいに吸い込む。できることなら彼そのものから、この匂いを嗅いでしまいたい。

「…テツヤくん」
「なんでしょう?」
「テツヤくん」
「どうしました?」
「テーツヤくん」

うつ伏せになった隙間から彼を覗くも、反応してくれているのは声だけだ。視線は一向に難しい文字の羅列を追っている。

「ね、夜だよ?」
「そうですね」
「彼女だよ?」
「…そう、ですね」

会話の意図がわかったらしい彼の声が少しだけ細くなる。小さな溜息と本が畳まれたような音が鼓膜を揺らした。ギシッとベッドのマットレスが沈んだ時には視界は反転し、部屋の証明を背にした彼と視線がかち合う。

「はしたない女性ですね」
「ひどい」

肘を折り曲げ近づいた顔にそっと手を添える。彼の瞳には動揺ひとつ見えやしない。五月蝿いほどに脈打つ私とは大違いだ。コツンと額が重ね合った時、もう一度彼の名前を呼ぶ。

「泣いて」
「…何言ってるんですか」
「私を想って泣いて、笑って、私を感じて眉を顰めて」
「…」
「私だけを、みて」
「今日はやたらと我儘なんですね」

ふっと呆れたように笑う彼のぬくもりが触れる。その口付けは浅く、何度もなんどもその場所に落とされた。今日だけじゃないんだ、こんな我儘は。いつも思考の片隅に膝を抱えて蹲った醜い『私』は存在しているのだ。彼が余裕も表情も崩れてしまう瞬間は私のためだけにあればいい。これから先もずっと。薄く開いた口端から舌を掬い取られるように、私の想いも絡め取られてしまえばいいのに。もっと、もっともっと深いところまで、全て。
呼吸に触れてみたい

しき様リクエスト/120827
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -