※本誌177Qネタバレ有り

足元に転がってきたボールの持ち主が此方に駆け寄ってくる音がする。振り乱されていたであろう髪の毛は、普段ならサラサラとなびいているのに、今日は束になって雫を垂らしている。それだけ必死に練習していたのだろうか。他人にも自分にも厳しい彼のことだから、相当ストイックな自主練だったのかもしれない。

「すいません、ボール…って、なんだよ、名前か」
「私でごめんねー…はい、お疲れ様」
「おー、サンキュ」

つい先程、そのへんにあった自動販売機で買ったドリンクを渡す。…気の利かない彼女だと笑われてしまうだろうか。彼氏がこんなにも必死になってレギュラーの座を掴み取り、守っているというのに。彼女はそんな努力を他人顔で見つめ、タオルのひとつも渡さないんだから。たまに…、ごくたまにだけど、彼の彼女は自分でいいのかと考えることがある。なんてったって、彼の所属するバスケ部には私より可愛らしくて、断然気が利く女の子がゴロゴロとマネージャー業に励んでいる。過去に彼が好きなアイドルそっくりのマネージャーが居ると鼻息あらく告げられたこともあった。もちろん腹立たしかったけど、曲がり曲がっても彼らのマネージャー。下手な事は言えず「良かったね」と可愛げのない返事をしたことを思い出しては、日々後悔に苛まれる。今もこうして彼の自主練を見守っているものの、此処で経験者だったりしたら、そこのジャンプがどうだーとか。ドリブルがどうだとか、シュートがどうだとか。いろんなことが言えたのに。まあ、どれだけ過ぎてしまった時間を悔やんでも仕方のないことなのだが。

「あー、きっちー」
「適度に休憩しないと、体壊すよ」
「…そうも言ってらんねえよ」
「なんで?」
「すげぇ奴らが入学してきてんだよ」

くるくるとボールをいじりながら、遠くを見つめた彼がぽつりぽつりと話しだす。今年からキセキの世代が入学して、いい目を持ったやつも入学して。ますます強くなったと。それはとてもいい事じゃないかと感想を漏らせば、そればかりじゃないとお叱りを受ける。なにせうちは伝統校とはいえ、実力重視。必死につかみとったレギュラーも、一瞬でも気を緩めてしまえばあっという間に転落してしまう。だから彼は練習を欠かさないのだと。そして、今年こそは必ず全国の舞台で『優勝』をつかむのだと。

「優勝できるはずなんだよ、あいつらがいれば」
「…随分入れ込んでるね」
「んだぁ?嫉妬か?」
「そう言うんじゃないけど…まあ、似たようなもん」

今度は私の番だとばかりに、小さく吐き出す。そんな大きな夢を掲げる彼に私は不釣り合いだということも丁寧に伝える。彼は伝統ある学校の伝統あるバスケ部で、そのレギュラー。決して才能にも体格にも恵まれなかったわけではないのに、その座をつかみとったのは今年に入ってから。そんな人の彼女は帰宅部で、バスケのこともよく知らなくて、マネージャーやれるような知識もない。本当に、私なんかでいいのだろうか。そう伝えれば、彼の瞳は冷たく細められる。ビクッと肩が揺れた時には彼の口からは溜息が漏れていた。

「バッカじゃねえの、お前」
「…バカって」
「別に彼女にまでマネージャーやってほしいなんて一言も言ったことねえだろ、俺。つーか、すんな。彼女と居る時までバスケバスケ言ってたら嫌だろ?」
「嫌ではないけど…」
「あー…、訂正。俺が嫌だわ。お前といる時ぐらい、ひたすら癒されてえじゃん」

にかっという効果音がピッタリの笑顔はとてもとても眩しい。彼は私が欲しい言葉を余すこと無くくれる。すんと鼻を鳴らした時に「ないてんのか?」っておちょくる声だって、そっと髪を撫でる大きな手だって。全てが愛おしい。バレバレなのに泣きそうなのは悟られたくなくて、少しだけ厚い胸板に思い切りダイブする。

「おまっ、俺、汗クセェから離れろ!」
「やだ、清志癒してるし」
「はあ?…んだそれ」
「私が癒しなんでしょ?だから、癒されなさい」
「…馬鹿らし」

呟かれた言葉とは裏腹に背中に回された手が温かい。そうだな、何時がいいだなんて我儘は言えないけど、いつか私も全国の舞台へ連れてって欲しいな。そしてまた同じ大きな手で抱きしめて、今度は喜びを伝えて欲しい。彼の笑顔のためなら、普段は信じてない神様仏様にだって願うよ。夜空を駆け抜ける箒星にだって唱えるよ。どうか彼の夢を叶えてくださいと。それが私にできる最善ならいくらだって、清志の為にやってみせるよ。
やわらかなきみのになろう

(120818)
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