溢れそうになった欠伸を噛み殺す。気怠い午後の授業は生徒の眠りを誘うといっても過言ではないとつくづく思う。現にカリカリとシャーペンが走る音と共に、規則正しい寝息が聞こえてくるから困ったものだ。かくいう私も頬杖をつきながら必死に睡魔と戦っている。たまに肘がずれてガクッと衝撃が走るのは決して寝ているからではない、決して。
黒板に並べられていく魔法の呪文をよく分からないままノートに書き写していると、見慣れないノートの切れ端が机の片隅に鎮座している。もしかしたら、今日一緒に帰る予定の友人から回されてきたのかもしれない。愛しの彼とデートするからってドタキャンか、このやろう。ムッとするような想像をしながら中身を見やれば、何処からどう見ても女子のものではない文字の羅列。どこか癖のあるその字を私はよく知っていた。横目で差出人であろう人物を確認すれば、こちらの様子を伺う彼と目が合う。その瞬間にへらっと笑い、小さく手を降りやがったので、差出人は彼、黄瀬涼太で間違いないようだ。

『今日ブカツ休みなんで一緒に帰ろ』

不恰好な文字で書かれた文章に小一時間悩む。再度、彼を見れば期待に瞳を輝かせているではないか。

(すまん、友人よ。ドタキャンするのは私かもしれない。)

形式上というか、とりあえずというか、口パクで「ム・リ」と伝えれば、見るからに肩を落とす彼。一応、仮にも付き合っている相手のそんな姿を見れば、やはり揺らいでしまう。友人にはメールで後ほど謝罪を添えた連絡をしよう。そう思い、小さなオーケーサインを落胆する彼に見せる。するとみるみる顔に輝きが宿り、満面の笑を浮かべる。ああ、可愛いな。彼のほうが頭何個分も大きいのに、彼のほうがうんと年上に見えるのに。忠犬みたいな素振りに思わず口元がニヤけてしまう。幸せな放課後まで、あと数時間だ。



『やっぱりね!授業中の黄瀬くんがやたらご機嫌なわんこみたいだと思ったもん!名前関係以外、有り得ないなとは思ってたけど(笑)』

謝罪文を添えた連絡の返しがコレだ。さすが友人、わかってらしゃる。ご機嫌なわんこと比喩された張本人は鼻歌を歌いながら隣を歩いている。ちゃっかり私の片手を攫うことを忘れてはいないのがミソだ。

「涼太のせいで友人1人なくしたー」
「なんでそういう事いうんスかぁ…」
「一瞬の恋人より一生の友人っていうでしょ?」
「俺にとっては一生の友人より一生の名前っスね」
「…はいはい」

for 水瀬ちゃん(匕首)/120810
thanks:muse
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