「ちょっと、あんた!アイス溶けてるよ!」

友人に声を掛けられて、アイスの棒を持った手に半透明の液体が垂れていたことに気づく。やだなあ、ベトベトだ。今夏の刺すような日差しと彼とあの子の相乗効果で、私の体感気温は上昇傾向である。故にアイスも溶けるってやつだ。ティッシュで拭き取りながら、そっと廊下の会話へと聞き耳を立てる。ねえ、知ってた?その子ってば貴方のことを飾りとしか見てないんだよ。格好良い貴方が彼氏で居ることがブランドなんだって、私ね、女子トイレで聞いちゃったの。その笑顔も愛想笑いだよ。猫かぶってるんだよ。そんな女に笑いかけるなんて勿体無いよ。心内で愚痴を漏らしてもしょうがない事だとわかっているのに、吐かずにはいられないのは私が彼を好きだからなのだが。遠くから聞こえる二人分の笑い声が胸を劈く。息苦しいな、暑苦しいな。ああ、今すぐにでも耳を塞いでしまいたいな。

溶けかけたアイスの最後の一口を舐めとった時、肩にぽんと衝撃が走る。

「うーっす」
「…おはよ」

にかっと笑って挨拶をしてきた宮地にそっけない返事しかできない自分が悔しい。触れられた箇所がじっとりと熱を持っていくのがわかり、背中を妙な汗がつたう。顔までその熱が及んでませんように。何も知らない彼は「お前は愛想ねえな」なんてケラケラ笑う。無いわけじゃなくて出せないんだとは口が裂けても言えなくて、そうですねーと相槌。知ってるけどな、って笑って去っていく白いシャツを目で追うことしかできない私は、酷く臆病な生き物だろう。彼女に心内とはいえ、あんなに悪態ついたくせに。行動に起こして今を手にした人間を何もできない人間が卑下しちゃうんだから、世の中は糞ったれだ。その糞ったれの原因は私なんだけど。

そよ風がカーテンと一緒に彼の髪の毛を攫ってしまって、それを気にするしぐさとか。つまらないという様に片肘を付きながら授業を受ける態度とか。少しだけ船を漕ぎそうになる眠たそうな目蓋とか。彼を色取る全てが私にとっては特別だ。この前の席替えで、ジーっと見ていられる特等席を引き当てた時は心が踊ってしまった。彼を倣うように片肘をついて様子を眺めていたら、不意に此方を向いた彼と目が合う。ニヤッと笑って「ぼーっとしてんな」と口パクで伝えてきて。たったこれだけのやり取りなのに、心臓が早鐘を打ち出す。どうしよう、あんな小悪魔みたいな笑み、狡い。


「お前らー、部活いくぞー」

チームメイトが彼らを呼ぶ声がする。大雑把に詰め込まれていく彼の道具に同情しつつ、その様子を見守る。我が校の伝統あるバスケ部に所属する彼は相当上手いらしい。一度だけインターハイの予選を観に行ったことがある。結果的にはその試合は負けてしまったのだが、普段とは違う真剣な眼差しに心奪われたのは言うまでもない。あんな顔もできるんだなって思ったと同時に、私も彼のいろんな表情を作れる存在になりたいと思ったのも事実。現実はそんな存在になる手前で道が塞がれてしまっているのだが。

「っしゃー、いくかー」

気合十分とばかりの声を上げて、ドアまで駆け出す。仲間とともに、出入口で此方に向かって「またなー」と挨拶。クラスメイト全員に振られた手だとわかっていても、目と目があったことを信じて。みんなに振り返すフリして、彼にだけそっと振り返す「また明日」。今日も1日、貴方のことが好きでした。また明日も好きでいさせてください。

彼は知らない。私が少しだけ触れた手に一喜一憂してるとか。一言、言葉を交わす度に響き渡るほど心臓を鳴らしていることとか。彼を好きになってしまってから世界が輝いてるのに、空が遠いこととか。誰にも気付かれない今だからこそ、彼だけをずっと見つめてることとか。好きだから苦しい事実があることとか。窓から見下ろしたところで、彼とあの子が話す姿をチラリ。あーあー、鼻の下伸ばしちゃって。ねえ、宮地。そんな仮面被った女と付き合ってて楽しい?幸せ?私の方が、あんな子よりもあんたを幸せにできるよ、絶対に。



愛しいよ君が、悲しいよ僕は。


(「慈愛とうつつ」様 提出分/120807)
thanks:muse
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -