最初は、ただ瞳が綺麗だなって思った。薄っすらとしたオッドアイでステージから眺めた景色はどんなモノだったんだろう、とか。次に彼に抱いた印象が強くて脆い、だった。新入生代表の挨拶をやっちゃうくらいだから、頭だって相当良いんだろう。部活だって一年生にして主将だと聞いた。とんだ化物だなって心底痛感したと同時に、何て脆い階段を登っているんだろうとも思った。つっと押せば、彼はその階段を落下していくし、その衝撃で階段そのものも潰えてしまうのだろうなって。そんな、イメージ。それからずっと気になって、気が付けばその気持ちは恋に変わってしまっていて。なんて在り来りな展開だろうか。

ひたひたと歩く廊下と体育館から漂う熱気。今年も我が洛山高校はIH出場を決め、連覇に狙いを定めていると聞く。それがどれだけ凄いことなのか、華道部である私が知るわけもなく。もっとバスケのことを知っていたなら、彼との話題にも花が咲いたのだろう。今更悔いても仕方ないことだが。華道部の活動部屋とバスケ部はそれなりに近い場所にある。また近くには焼却炉もあり、そこからはたまにバスケ部が見える。ゴミ捨てに向かった時の密かな楽しみだ。そして今日もまたゴミ捨てに向かう。紙や生ける際に切り取った部分をまとめただけとはいえ、それなりの重みのある袋は夏のじっとりとした暑さを増幅させる。京都という地は盆地故、近隣の府県よりも体感温度が高い気がして、汗がたらり。よいしょっと。思わず声に出した年寄りくさい台詞。誰にも聞かれてませんように。

「あれ、名字か?」
「え…あ、赤司くん!」

完全に気を抜いてた。目の前の彼は首からタオルを掛けて、如何にも休憩中ってやつだ。そうだ、この近くに水道があるんだった。忘れてた。汗を拭っていたはずの額に、別の汗が滲んだ気がした。平常心ってのはどういった物だったろうか。彼が近くに居るという事実だけで高く波打つ鼓動。ああ、呼吸のリズムも乱れていく。

「バスケ部、休憩やったんや…」
「ああ、ついさっき入ったばっかだ。華道部もか?」
「ううん、ちゃうよ。今日の分は大方生け終えたから、ゴミ捨てに来てん」

必死に言葉を紡ぐ。途切れないように、途切れないように。彼から声をかけてくれるなんて、滅多にない事なのだから。私が華道部だと覚えててくれていたことも嬉しい。日頃の努力の賜物だろうか。常人とは違う彼の思考の片隅に私という存在が鎮座しているんだと思うと、筆舌に尽くしがたい優越感が全身を駆け巡る。ああ、あの赤司征十郎の中に名字名前が存在している。

「せや、バスケ部インターハイ出場おめでとう」
「ありがとう…ああ、ここは京都らしく、おおきにと答えたが良いのかな」
「なんや…赤司くんからこっちの言葉が出ると、おかしいなあ。めっさこそばゆいわ」
「変だったかい?」
「ううん。妙に似合うとるから、くすぐったいねん」

もっと京都に染まってくれたらいいのに。なんとなく感じる彼との隔たりを関西と関東だと決めつけちゃって。ああ、なんて弱い。本当はもっと違う理由で。彼自身が私に心許してない何て分かりきってるけど。それでも、それでも付け入る隙があるのなら。私はどんな汚い手を使ってでも、彼の心に居座ろうとするんだろう。それで彼の隣に居れるのなら安すぎる代償だ。

「さて、そろそろ僕は戻るよ」
「うん。頑張ってな」
「ありがとう。名字も次の作品、良い賞が取れるといいな」
「お、おん!!頑張るさかい!」

次第に小さくなっていく背中に「好き」と呟く。何度こぼれても、またすぐにいっぱいになるこの気持ち。一度だけ彼に伝わってしまったことがある。驚きを含んだ瞳は、一瞬だけ見開かれたが、すぐに細められる。その時の彼の笑顔が今でも忘れられない。きっとあれは私の気持ちには応えられないと訴えかけていたのだろう。それに気づかぬふりして、未だに彼を追いかけて。日に日に嫌われていたら笑えるな。だけれど、彼が好きで好きで仕方ないんです。




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