今宵は新月。いつもなら月明かりで照らされる街灯のない道は、顔を出さないお月様のせいで暗い闇に飲まれている。なんでこんな夜に会いに向かうのだ。否、こんな夜だからこそ、彼の温もりに触れたいのだ。人ひとり分の足音だけが響き渡る。嗚呼、一刻も早く彼に触れたい。

さて、彼の家に着いたはいいが、どうやって部屋に招き入れてもらおうか。彼、黒子テツヤという男は加護欲の塊である。ただでさえ1人で出歩くことを許してもらえないというのに、なんて言われてしまうのだろうか。鼓膜が破れることを覚悟で彼の電話番号を呼び出し、発信ボタンに触れる。短い呼び出し音の後に聞こえる、少しだけ高い彼の声。

『はい、黒子です』「テツヤくん」『どうしたんですか、名前』「きちゃった」『…は?』

彼の窓のカーテンがシャッと開けられる。部屋着のまま携帯を片手に目を見開く彼と視線がかち合ったので、ひらひらと手を降った。その瞬間、顔は歪められ、機械越しに息を飲む音が聞こえる。

『名前』「…はい」『すぐに開けますから、玄関の前に来てください』「ごめんなさい」『分かってやってるんなら質が悪いですね』

黒子家の玄関までそっと移動して、彼のお迎えを待つ。センサー感知式のライトに照らされながら見上げた夜空は星すらうまく観察できない。月明かりもないのに見えないなんて、都会は勿体無いことをしているんだな。 ― ガチャッ。鍵の開く音に気づいて、そちらを振り返る。相変わらず眉は顰められており、思考の片隅で怒られるリハーサルを行わなければいけないなって。

「どうぞ」「おじゃまします」「静かにしてくださいね…まったく」

小さくため息を吐いて、彼は階段をあがる。それに倣うように続けば、見えてくるのはもちろん彼の部屋。中に入り、息をを吸えば、肺いっぱいに広がる安息を覚える香り。それにふにゃりと表情を緩めていると、頭をぺしり。いったいなあ。犯人はわかってる。わかってる故に腰が低くなる。

「名前、これで何度目ですか」「うーん…、わかんない」「連絡もなしに突然来られる身にもなってください」「連絡したらいいの?」「そういう問題じゃありません」「どういう問題ですか」「襲われるかもしれないんですよ」「テツヤくんに?」「僕ではない誰かに強姦されるかもしれないって言ってるんですよ、バカ」

彼の言い分だってわかる。なにより私を心配してくれてるのが伝わって、こそばゆいくらいだ。照れ隠しで俯いて、足で床を撫でる。彼の愛はいつもストレートに私に投げかけられる。ふあ、と小さな欠伸が聞こえた。

「僕はもう寝ます、限界です」「あ、もう0時過ぎちゃったのか」「はい、おやすみ」

夜の挨拶を告げて、彼はそそくさと自分のベッドに入る。あれま。会いに来たのに恋人らしいことはせずに帰れというわけか。小さくお邪魔しましたと呟き、踵を返そうとした。が、これも彼によって止められてしまう。期待していなかったわけではない展開に口元が、緩む。

「こっち空いてますから、早く」「テツヤくん…」「あんまり遅いと襲いますよ」「うん、襲ってよ」

にっこり微笑んで招かれた空間に足を入れる。呆れたように息を吐きつつも、招いた私を抱きしめてくれるテツヤくんの優しさに甘えきっているのは間違いなく私で。反射的に彼の胸に埋めた顔を上げれば、頭を撫でてくれる手の持ち主と視線が絡む。へらりと笑ってみれば、一瞬困ったような顔をしつつ、私が欲していたキスをくれて。どうして彼は手に取るように私のことを分かってくれるのだろうか。あ、だからテツヤくんから離れられないんだ。


きみのいないはきらいだ
「もうやめてくださいよ。君の姿が見えた瞬間に心臓が止まっちゃいますから」

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