彼女は不倫している。それは出会った時から変わらない事実であり、むしろその行為の後ろめたさで弱っている彼女に付け入ったのは自分で。体を重ねたあの日から、僕らは傷を舐めあって生きているのだ。何度、薄暗い中光るディスプレイを見つめる儚げな背中を見つめてきたか。何度「俺にしろよ」と喉まででかかったか。だけど、その度に彼女は笑うのだ。「なんで好きになっちゃったんだろうね」と。触れただけで壊れそうな笑顔で。

そして今、そんな彼女が大粒の涙を零している。

小さくしゃくり上げる背中はいつも以上に小さい。静かすぎるこの空間には不釣り合いな香りは彼女が好んでつけていたものだ。しかし、それも今日までだと彼女は泣いた。どうやら不倫相手に別れを告げられてしまったらしい。背徳感

しかない恋の終わりというのは、こんなにも密やかにやってくるのか。許されない恋だとしても彼女が身を焦がした事は変わりないのに。「別れても、続いても辛いなんて、笑えるね」なんて、泣きながら吐く台詞じゃないだろうに。いつもの年上の風格も余裕も感じられない弱々しい彼女を抱きしめることは許されるのだろうか。

「名前」
「ほんと、こういう終わりがやってくるのはわかってたのに」
「名前」
「ばか、だよね…不倫なんて、なにやってんだろ」
「無理して笑うな」
「じゃあ代わりに笑ってよ」
「笑えねえよ」
「…っ、大輝ぃ」

思い切りよく胸に飛び込み、わんわんと声を荒げ泣きだした名前。さらさらの髪の毛に顔を埋め、程よい肉付きの腰に腕を回し、ぐっと抱きしめる。泣くな、泣くな、泣くな。だけど、無理して笑うな。つむじに唇を落としながら、懇願するは、僕らの幸せ。

「やっぱり、俺じゃダメなのかよ」
「ダメとか…そんなんじゃないの」
「年下だからか?」
「ちがうの、ちがうのちがうの…」

私が弱いだけなの。目の端を赤く染め、とぎれとぎれに呟かれた言葉は胸を刺す。弱いことなんて、とっくの昔から知ってるんだ。そう伝えるかのようにさらに力を込めて抱きしめる。嗚呼、苦しいな。


時折震える睫毛がなんともせつなかった。



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