世界が胸を踊らせる、12月24日。今日はいわゆるクリスマスイブってやつだ。同い年くらいの女の子たちは皆して「彼氏にプレゼント買わなきゃ」って語尾にハートを付けてはしゃいでいた。私だってプレゼントを買いたくてはしゃいださ。彼のために、彼のことを思って選んだプレゼントは、今私の鞄の中で息を潜めているのだ。
 今日は世界中の誰よりも大好きで大好きでしょうがない黄瀬涼太くんに会える日である。黄瀬涼太くんとは今をときめく若手俳優さんで、元々はモデルだったらしいんだけど、とある舞台を皮切りに人気が爆発。それを境に彼の個人的なファンクラブが出来た。もちろん私も加入している。会員番号は5番という奇跡的な番号で、一人で狂喜乱舞したのはいい思い出である。
 そして今日はそのファンクラブが主催の、クリスマスイベントが開催されるのだ。しかもただのイベントじゃない。黄瀬くんとお話ができて、握手が出来て。さらには、ハグしてツーショットまで撮れるのだ。普段の握手会とかサイン会ならばこんなことあり得ない。ファンクラブ様さますぎて、案内のチラシをぐーっと握りしめすぎてくしゃくしゃにしてしまったのは内緒だ。
 イベント自体は、まず簡単なトークショーが行われた。その中でも抽選イベントがあったりしたのだが、そこはまあ当たらなかったわけで。悔しさのあまりハンカチを噛み締めたくなったけれど、黄瀬くんが居る手前我慢するしかない。
 そしてイベントは進み、例の瞬間まであと数人という所になった。心臓が痛いなんてもんじゃない。黄瀬くんのファンだということは友達に言いふらしているが、さすがにここまでついてきてくれる友人は居ないわけで。この心臓が爆発しそうな感覚を共有したくとも、共有できない。バクバクと波打つ心臓と同じように、視界はゆらゆらと揺れる。ああもう、泣いてしまいそうだ。
 とうとうやってきた自分の番。目の前には雑誌から飛び出してきた様に輝く黄瀬くんがいる。ほうっと感嘆の溜息を漏らす直前に、鞄の中をごそごそと漁る。「これ、差し入れです。よかったら使ってください」なんてマニュアル通りの台詞を繰り出すと、向こうからは用意されていたような「ありがとう」を頂いた。たとえ台本通りの台詞だとしても、胸が沸き立つのはしょうがない。だって好きなんだから。
 あわあわとしてなかなか言葉は紡げない。口内はどんどんと乾いてくるから、さらに言葉を紡ぐことが困難になってくる。手汗びっちょりだといっても、彼から握手するために手を差し出されてしまえば、適当に拭った己の手を差し出すしかない。
「すみません、手、汗が…」
「いやいや、…って、あっ」
 あってなんですか。そう思って彼の顔を見ると、其処には驚きに満ちた評定をする黄瀬くん。「いっつもイベントに来てくれたり、手紙くれる子っスよね」って、何でそんな爆弾を落とすんですか、っていうか覚えてくれてたんですか。
 彼の爆弾はもちろんそれだけに留まらない。伝えたいことがありすぎて長々と書いてしまう手紙も全部読んでいると。彼のことを思って無い頭を悩ませながら選んだ差し入れも大事に使ってるって。捨てられたってっしょうがないと思っていたのに、彼はつくづく優しい人だ。
 握手の次はハグである。「どうぞ」って笑った彼は、人よりも長い手を広げてわたしの事を待っている。「すみません」なんて使い古した謝罪の言葉を告げて飛び込んだ彼の胸は、想像していたよりも少しだけ薄い。やっぱりモデルさんなんだなあと思う腰の細さや、想像していたよりも爽やかな彼の香りにくらりと眩暈を起こしそうになる。ついでに言えば、自分の脇腹辺りについた贅肉も飛び出す勢いで跳ねる心臓の音も、全部が彼にも伝わっているのではと頭を抱えたくなった。
 最後はツーショット撮影だ。すぐ側に感じる彼の温もりを感じる最後の瞬間。夢みたいな時間もこれでオシマイなのか。そう思った途端に鼻の奥がきゅっと狭くなった気がした。写真自体はポラロイドによる撮影だ。出来上がった写真には黄瀬くんがその場でサインを書いてくれる。彼のサインは初めてってわけでもないが、目の前で、世界にたった一枚しか無い写真に書かれるっていうのは、やはり特別なものに思えた。
「はいこれ」
「あ、ああありがとうございます」
「こちらこそ。いっつも応援ありがとっス」
 手渡されたポラロイドは小さな封筒に入っている。最後の最後まで彼は笑顔で私に接してくれた。暫くの間、次にイベントがあるまでは、動かない紙面のなかの彼を眺めることになるのかと思ったら、言いようのない寂しさに襲われた。…いや、今日が特別すぎただけだ。その存在を疾うの昔に信じまくなってしまったサンタさんが用意してくれたキセキだったのだ。
 イベント帰り。席に帰ってからもドキドキで見れなかった写真を確認する。驚くほどに綺麗な笑顔を浮かべる黄瀬くんの横で引きつった笑顔を浮かべる私。なんて可愛くないんだろう。それにしてもすっごく近い距離に居たんだな、なんて今更になって客観視する。
 写真の下部にはサインとメッセージが添えられていた。筆記体らしき文字で書かれた、かろうじて黄瀬涼太と読めるサイン。と、その横には予め決められていたであろう「いつも応援ありがとう」の文字。コピーアンドペーストのような作業で書かれた文字だけでも十分だったのだ。それなのに、彼、黄瀬涼太って人間は本当に私の心を捉えて離さない。
 貼り付けられたようなメッセージの横に、こじんまりと書かれた「受験頑張ってね」の文字。あの瞬間に一言足りとも口にしなかった受験の話題をここに書いてくれてるなんて。本当に私の手紙読んでくれてたんだな。疑っていたわけではないけれど、じんわりと実感として私の胸に広がっていった。
 ああ、本当に好きだな。ずっと応援したいな。そう思った時には、彼を思う気持ちは透明な雫となって私の手の甲に落ちるのだった。
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