単独での仕事が決まった。というか、私がようやく指名されるような仕事が来た。と思ったら、それは男性向け雑誌の特集で女性モデルを探していたという、なんとも哀しい理由だった。どうやら女性向けの雑誌ではないので、それなりに人気があって、人気モデルほど忙しくはない私に白羽の矢が立ったらしい。…ああ、言っててこれ、めちゃくちゃ悲しくなってきた。
 そして今日がその撮影当日。コンセプトはクリスマスデートということで、イルミネーションが綺麗と噂の場所にての撮影。本格的な冬ってほど寒くはないが、それなりに寒い。撮影のために用意されている衣装は冬用の服なのだが、さすが男性向け雑誌。私に用意されていた服は、いつも撮影で着ているものよりも少しばかり面積が狭い。
 クリスマスデート特集ということで、私には特定の相手がいるらしい。こちらは私みたいなモデルとは違い、超人気モデルが抜擢されるとのこと。そりゃそうだ。雑誌の目玉特集になるらしいし、目を引くモデルが起用されてないとつまらないだろう。
 外に用意されていた簡易チェアに座り、着飾った足元をぷらぷらと揺らす。今日のヒールは割りと高めなのだが、相手は大丈夫なんだろうか。それともこんなヒールを履いても、慎重さが歴然とした相手なんだろうか。
 そんな疑問はあっという間に解決する。「あ、今日のお相手さん?」なんて明るめの声が聞こえた時、思い切り顔をがばっと上げて挨拶をしたのだが、目の前に…いや、頭上にあった整った顔に心臓がミシっと音を立てた気がした。
――― キセリョだ。
 なんと相手は今をときめく人気モデルの黄瀬涼太だった。正直この仕事をしていても、していなくても、彼のことは心からかっこいいと思っていたし、どちらかといえば好きに部類する人間だ。そしてモデルとしてはただただ単純に憧れていた人でもある。予想外の展開にぼーっと見とれていた顔は、少しだけ赤らんでいたらしい。彼が「顔赤いっすよ、もしかして風邪?」と聞いてきたのだ。風邪なんてひくわけがないのに。今日のために必死に体調を管理してきたのだから。

 撮影は順調に進んでいく。カップルという設定なので、彼との距離はものすごく近い。世の中のカップルってこんなに近いっけってくらいだった。それに撮影している間、彼は私の緊張を解すためなのかどうかは定かではないが、やたらと話しかけてくれる。正直雑誌という静止画撮影で良かったと思うくらいには、だ。何処の専属モデルなのかとか、お気に入りのブランドはあるのかとか、スタイリストさんの話とか。ぶっちゃけるとただのカップルの会話とは言い難いけれど、それでも楽しく進んでいく撮影に「なんだか本当にデートしてるみたいですね」という台詞が私の口から滑り落ちた。
 げっと思った時には、目の前の黄瀬さんはうーんと悩んだような顔をした。そりゃそうだ。今日あったばかりの小娘に「デートみたい」なんていわれちゃったんだからな。私だったら「何いってんだコイツ」って思う。たぶんそれ以上に酷いことも思っている。
 しかしながら、黄瀬さんは優しかったらしい。きゅっと寄せてあった眉根が開放されたかと思うと、それは綺麗な綺麗な笑顔で「本当にしちゃう?」なんて聞いてくる。願ったり叶ったりなのだが、きっとリップサービスってやつだ。実際にしてくれることはないんだろうな。そう思って「黄瀬さんさえよければ」と必死に驚きを隠した表情で伝える。
 それで終わってくれたら良かったのだ。どうやら黄瀬さんのあの言葉は冗談なんかじゃなかったらしい。今までだって近かった距離は、さらに近くなっていく。え、え、と私が驚き慌てふためいているのを尻目に、彼はそっと私の頬に手を添えた。カメラマンさんたちも誰も何も言ってこない。どうやらこれは撮影の、カップル的なポーズの一部だと思われているらしい。目の前には腰を折り、私の目の高さまで屈んだらしい黄瀬さんの綺麗な檸檬色の双眸と視線が絡む。憂いを帯びたように少しだけ伏せられた睫毛は羨ましいほどに長い。
「オレ、キミのこと気に入っちゃった」
 キスはしていない。けれども頬と頬がくっつくんじゃないのかという距離まで彼は近寄ってきた。彼の声はダイレクトに私の鼓膜に届く。どうしよう、どうしよう。私はもしかすると黄瀬涼太という人間に弄ばれているのかもしれない。だけどそれでもいいんじゃないかって思ってしまう。クリスマスという単語に踊らされる女の子たちと同じで、私だってそういったものには滅法弱いのだ。だからクリスマスと黄瀬さんが重なってしまったら、誰だって流されてしまう、はずだ。
 そう思って自分を正当化する。頬に重ねられたままの彼の大きな手に私の小さい手を乗せる。コクリと一回だけ縦に振った私の仕草をみて、彼がじゅるりと舌なめずりをした気がした。
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -