その日はたまたま執事たちも皆出払っており、家にはみやこと赤司のみが居るという不思議な空間が出来上がっていた。今までも何度か二人きりという時間を過ごしてきたみやこだったが、それは家のなかの何処かに執事たちが居て出来た空間。完全な二人きりというのはこれが初めてなのだ。
 居心地が悪いといえば聞こえが良くないのだが、極度の緊張にみやこの喉は乾ききっていた。互いに背を向けて座っているとはいえ、すぐ側に赤司が居る。喉は乾ききったというのに、手の平はじっとりと汗をかく。夫婦になったとはいえ、形だけのものだ。小さな溜息に彼女の肩は大げさに揺れた。

「お、お茶でも淹れてきますね」

 みやこがすっと立ち上がり、慣れない手つきでお茶を挿れ始める。どうやら緑間の手つきを見よう見まねでなぞっているらしい。所々に見える緑間のくせに赤司の口元が緩む。少しずつ赤司に染まるみやこに、じんわりと征服欲が満たされていくのだ。
 しかしながら見るからにおぼつかない手つきである。誰が見ても箱入り娘だった彼女がこういった家事をやるのは一体何度目だろうか。彼が知っているだけでも片手で事足りるというのに、もしかするとそれだけなのかもしれない。赤司の柔らかく細まった瞳に心配の色が滲んだ。
 
「全然美味しくできなかったけれど、よかったら」

 そういった彼女が差し出した紅茶は見るからに渋そうで、緑間がいつも淹れていたものとは雲泥の差があるようだった。
 淹れた彼女自身もわかっていたのか、味見でもしたのだろうか。申し訳なさそうな顔を崩さずに赤司を見ている。少しでも気不味い空気がたゆんでしまえばいいと思った彼女の行動が、彼の機嫌を更に傾けてしまったかもしれないのだ。それがまた彼女の顔を曇らせているということも、彼は知っているのかもしれない。
 確かに一口分だけ含んだ淡い茶色は、見た目を裏切らない渋さを孕んでいた。しかしながら彼女が慣れない手つきで必死に淹れたもの。それも、己のために。そう考えると、どんなものでさえ美味しく感じてくるのだ。赤司の表情がその感情のまま、ゆるりと曲線を描く。
 
「美味しいよ、とても」

 みやこの瞳が零れ落ちんばかりに見開かれる。自分で味見したからこそ知っているのだ。とても飲めたものではないほど、渋い出来であることを。そんなものを口に含んだ上で、美味しいなどと感想を零す赤司の優しさに、彼女の緊張がやんわりと解けていく。
 
「征十郎さんって本当に優しいんですね」
 
 嫌味とも取れるようなニュアンスだった。しかし彼には彼女の微妙な言葉尻の違いがわかってしまうのだ。ぽすっと音を立てて己の隣に腰掛けた彼女を見やる。ほんのりと赤く色付いた頬がとても魅力的だ。今すぐにでも彼女ごと味見したくなる。
 右手に持っていたカップをそっとテーブルに戻して、自由になった手で彼女の細っこい腰を攫う。馬鹿みたいに跳ねる体がとても愛おしいと赤司が想っているだなんて、彼女が知るわけもない。
 
「キミ限定だよ」

 ふっと息を吹きかけるように吐き出された言葉に、どれだけの愛しさ優しさ恋しさが混じっているのか、彼女が知る時は訪れるのだろうか。今はただ、このゆるやかに過ぎていく時間に身を委ねる他ないのだ。


姫那様リクエスト/130105
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