午後になれば黒子も赤司家へと戻ってきおり、3人でのティータイムとなった。緑間が牛乳からこだわって淹れたミルクティーは午後の木漏れ日によく似合う。鼻腔を通り抜けるやわらかな香りにみやこの目尻も思わず下がった。
 ミルクティーと共に出されたみやこ好みのスイーツ。在り来りな表現であるが、サクッとした外側とふんわりとした内側。その食感のハーモニーにみやこの目尻は更に下がる。隣で彼女の様子を伺っていた黒子は「お気に召されたんですか」と声をかけた。もちろん彼女の答えはイエス。元から甘味が好きな彼女にとっては、ただでさえ至福の時間だというのに、自分好みのものが出されたのだ。その目は輝きに満ちていた。

「すっごく美味しいわ!…これも緑間さんの手作りなの?」
「いえ…、菓子作りに関しては秀でた知り合いが居りまして。いつもそのパティシエがいる店で買い付けております」
「そうなの…じゃあなかなか食べれないものなのかしら」

 感情を露わにするように、しゅんとうなだれるみやこに緑間は目を丸めた。初対面の時から感じていた、彼女の感情表現。自身の主とは違い、とてもうまく表に出されるそれに緑間は言いようのない高揚感を覚えた。と共に、主にもそういった時期があったことを思い出し、胸のあたりをすきま風が通っていく寒さに身震いをした。
 一方、黒子は黒子で目を丸くしていた。#緑間へのみやこの敬語が薄くなっていたのだ。自身がこの家を離れていた数時間に一体何があったというのだろう。みやこの中を侵食していいのは数限られた人間のみ。彼の思い込みとしか取れない独占欲は、どろどろと薄汚い色をみせる。それは彼のスカイブルーの瞳にも雲がかかるようだった。

「そういうわけでは、ございませんよ」
「本当?」
「ええ…電話ひとつですぐにご用意できます」
「…でもせっかくだから、そのぱてぃしえさんにお礼を申したいわ。店舗に行く事って不可能かしら」

 思案するようなみやこの表情に、緑間は何かピンと来るものがあった。が、ここで指摘してしまっては彼女の機嫌を損ねるだろう。何より、先程から痛いほど突き刺さる彼女の執事の目もある。一呼吸置いて、緑間は提案の言葉を述べた。

「…可能でございます。それでは段取りをとるためにも、やはり電話をしておきましょう」
「良かった。けれど、お手間をとらせてしまいますね」
「いえ、奥様のお世話を承るのが私めの仕事ですから」

 薄く微笑んだ緑色は今すぐに連絡とるとだけ告げ、リビングを離れた。ゆるやかに香るミルクティーと食べかけのスイーツ。そして上機嫌なみやこと正反対の黒子の姿のみが其処にあった。

「いつの間にあの人への敬語がとけたんですか」
「つい数時間前よ」
「…貴女は赤司に染まるべき人ではないのです。だから、」
「わかってるわ。だからお願い、ちょっとだけ見逃して」

 みやこの長い睫毛が伏せられる。あの緑間という男がいかにしてみやこを誑し込んだのかは分からない。ただ黒子の預かり知らんところで、彼女らの間で何かしらがあったのだ。彼女の全てを知っていたい黒子の欲望がぐるぐると渦を巻く。決して綺麗にはなれないその感情を、人は『嫉妬』と名付けるのだ。

・。

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 3人を乗せた馬車はガタゴトと軽快に音を立てて道を走る。相変わらずみやこの車嫌いは治らないために用意された馬車。みやこの隣には当然といった顔で黒子が腰をかけていた。車内の空気は決して良いといえるものではない。むしろ息苦しいを通り越して、嘔吐を起こしてしまいそうだった。
 現にみやこは隙間から入ってくる車の排気ガスに嘔吐してしまいそうだった。先ほど食べてしまった甘味が胃の中を泳ぎまわっている。その感覚は心地いいものとはかけ離れており、こめかみ辺りにつうっと冷や汗が伝った。限界が近いかもしれない。そう思った彼女は重力に逆らうこと無く、黒子の肩へと頭を落とす。目を閉じれば嗅ぎ慣れた彼の少しだけ甘い香りがした。

「また酔われたのですか」
「だって、排気ガスが」
「奥様はお伺いしていた以上に乗り物に弱いのですね」
「…申し訳ないです」

 緑間的には、彼女の事を知っているのですよという言葉だった。しかし黒子の耳には彼女をバカにした言葉にも聞こえた。彼を見つめる瞳がキッときついものになる。それすらも緑間は手に取るように分かったのか、困ったような笑みを浮かべた。
 壁を隔てた向こう側にいる御者に所要時間を尋ねれば、あと数分で目的地に着くという。相変わらずガタガタと揺れる座席を恨めしく思いながら、みやこはもう一度目を瞑った。

 数十分ぶりに肺に取り込んだクリアな空気にみやこは笑みを浮かべる。目の前には緑間の言っていたパティシエが働く菓子店。視界いっぱいに広がるスイーツの世界に、さらにみやこの笑みは深くなった。
 扉の向こう側は、更に甘く綺羅びやかな世界が広がっていた。焼き菓子はもちろんのこと、ケーキ、更にはパンまでも其処には並んでおり、みやこの目は忙しなく動きまわる。つられて足取りだって軽いものになる。それは苦笑いを浮かべた黒子に「落ち着いてください、みやこさん」といわれてしまうほどに軽快なステップを踏んでいたのだった。
 緑間が話をつけていたらしいパティシエはすぐにやってきた。緑間や元婚約者の黄瀬も、それなりに高身長だと思っていたみやこだが、それ以上にそのパティシエは大きかった。優に2メートルは超えるんじゃないのだろうかという位置にある双眸。少しだけ眠たげなそれは体型とは違った柔らかな印象を周りに与えた。

「みどちん、俺に会いたい人って?」
「ああ…、先日旦那様の奥様になられたみやこ様だ」
「え、赤ちん結婚したのー」

 あ、と思った時には緑間の口からつらつらと告げられていた。出来る事なら避けたかった紹介にみやこは眉間に皺を寄せたまま「ごきげんよう」と微笑む。
 しかしながらこのパティシエ、赤司のことをあだ名で呼ぶとは一体どういった関係なのだろうか。赤司だけならまだしも、緑間のことも似たような名前で呼んでいた。黒子もみやこと同じ疑問をいだいたのだろう。考え事をするときの小首をかしげる癖を見せながらパティシエを眺めており、みやこの口端が別の意味で上がりかけていた。

「ふーん…。紫原敦、ここのパティシエ」
「あの、頂いたお菓子とても美味しかったです。私好みというのも烏滸がましいのですが、あの食感と絶妙な甘さがたまらなくて。ぜひともお礼を申し上げたくて、こちらにお邪魔させていただきまして」
「!! …ねえ、名前は?」
「あ、みやこと申します」
「みやこちん、ね」

 最初に名乗ったときは、とても友好的な態度には見えなかった紫原であるが、みやこが高揚を隠さぬままに菓子の感想を述べた。直後、彼の背後に花が飛び散った…と後に黒子は語った。確かにその直後、紫原の声のトーン、顔つきが柔らかくなったのは事実。今もみやこが好きだといった菓子について、嬉々としてみやこに語っている。

「それで、みやこちんはどんなお菓子が欲しいの?」

 此処に行くといった時点でみやこが他の菓子を求めいてることは明らかであった。しかし食い意地が張っているとは思われたくなかった彼女は一向にその話題を出そうとせず、ひたすらに紫原と菓子について話していたわけで。何となくでだと思われるが、それを察してしまった彼が本題に触れてあげたまでだ。勿論、みやこの視線が常に甘味を探しているという分り易すぎる態度も相まって、だが。
 突然本題を振られてしまったみやこはぎょっとした顔をした後に、頬を少しだけ赤らめた。卑しい女だと思われてしまっただろうか。今更後悔しても、後の祭りなのだが。熱を持つ頬を気休め程度に仰いで、彼女は言葉を告げた。

「黄色をあしらったものをひとつと、甘さ控えめのものをふたつ欲しいの。出来たら明日まで頂けるものがいいわ」
「ふーん…ちょっと待ってて」

 ぱたぱたと紫原はキッチンへと帰っていく。その後ろ姿を見送りながら、各々に彼女の言葉を噛みしめていた。
 黒子は内2つが黄瀬と青峰に贈るものだろうと察した。しかしながら残りのひとつの行方が分からない。彼女が贈るとしてあり得るとするならば、その相手は唯一人。つい1時間ほど前に苦言を呈したばかりだというのに、彼女は一体何を考えているのだろうか。呆れたような溜息がひとつ、黒子の口から零れ落ちた。
 緑間は内2つの行方は勿論のこと、残りひとつの行方もわかってしまったのだろう。黒子が赤司家を離れている間、彼女に少しだけであるが己から見た『赤司征十郎』という人間を話していた。その内のひとつに『幼い頃は甘味が大好きだったが、歳を重ねるに連れあまり得意ではなくなった』というものがあった。甘さ控えめのものを選ぶということは、そういうことなのだろう。白い手袋で覆った左手で緩んでしまいそうになる口元を隠した。

「はい、おまたせー」

 落とさないでね。そう告げられて手渡された小さな箱たち。可愛らしくラッピングされているのは彼の心遣いといったところだろうか。満面の笑みを浮かべて感謝の気持ちを伝えれば、紫原も満更でもないという表情で彼女の頭を撫でた。

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 社長室の一角で黄色と赤が対面する。ダークブラウンの水面に映り込んだ彼らの表情は、久し振りにあった友人のものとは遠く離れていた。穏やかな赤と反して、刺々しい雰囲気を醸す黄色。そこは誰がどう見ても不穏な空気が流れている。枷を取り外すような溜息が聞こえたのが合図だったのだろう。

「みやこ、返してくれないっスかね」
「…不可能だって言ったら?」
「実力行使しかないっしょ」
「そう…僕の前でそういう態度を取れるようになったんだね、涼太」

 余裕そうな笑みを浮かべて赤はコーヒーを揺らした。揺らぐダークブラウンの中で、黄色の端正な顔も歪に揺れた。ギリッと奥歯を噛んだ音が響いてしまいそうな静寂。彼の口の中には悔しさと歯痒さを足したような味が広がっていた。

「お前から必ず奪い返す」
「やれるもんならやってみるといい」

 ――カシャン。ダークブラウンの水面は広く浅く広がりを見せた。

(121113)
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