我が家に置いていかれてしまった可愛いかわいい小さな天使…と見せかけた、小悪魔。って思えたら、どれだけ楽なことか。にかーっという効果音の元、黄色い天使はこちらを楽しげに見つめている。テツ兄は颯爽と仕事に向かってしまったため、文字通り彼とは二人きり、だ。覚悟を決めるしか無いと膝の間に頭を落とした時、くいっと上着を引っ張られる感覚がした。

「ねえねえ。おねーさん、おなまえは?」
「えー…、あー…愛美だよ」
「愛美おねえちゃん!」

 ぱああっと彼の周りにお花が咲いた。幻覚のような眩しさに思わず目を細めていると、リョータくんとやらは私の手をとって、おねえちゃん!おねえちゃん!と騒ぎ出す。予想以上に可愛いその様子に、私の胸がきゅんと狭まる感覚がした。…いかんいかん、ショタコンではない、決して。
 お姉ちゃんとお部屋はいろうか、と声をかけると、天使は自分の右手を差し出して「おててつなごう」と笑いかけてきた。どうしよう、テツ兄。私の寿命縮まる一方なんだけど、どうしようか。

 天使の視線を一時幼児番組に預け、朝ごはにでも…と思ったが、このちびっ子はすでに済ませてそうな気がしてきた。先に聞いておけばよかったのに、どこか浮き足立った私の心はそれをせず、二人分のホットケーキを作って今に至る。いいんだ…、余ったら私が食べちゃうから。太っても、いいんだ…。

「りょーたくん、ホットケーキたべる?」
「ほっと…、たべるー!」

 ぺかー。はい、天使のほほ笑みいただきました。テレビに映るパペットをマネにして歌う彼の声をBGMに、買い置きしてたホットケーキミックスを混ぜる。泡だて器がカシャカシャと音を立てるリズムに合わせて、私も歌えば、りょーたくんが「愛美おねえちゃん、おうたすごーい」と。いくらちびっ子とはいえ、将来有望な顔立ちに言われれば、私の鼻の下は伸びるし、鼻だって高くなる。が、しかしだ。私が「でしょー」と同意した時には、既に彼の興味はテレビ画面って…ちょっとお姉さん悲しいです。ホットケーキがしょっぱいのは、お姉さんの涙の味だから我慢してね!なーんてね。

「ほい、完成っと。りょーたくん、手洗おうか」
「うん!」

 別に何処の家と変わりない高さのシンクだが、さすがに4歳児が届く高さではない。ばんざーいと手を挙げる彼をシンクの高さまで抱え上げる。その際にふわっと香ったシトラスがとても4歳児のものとは思えず、内心涙を溢した私がいたり、いなかったり。
 手を合わせて「いただきます」と微笑み、子供用フォークを器用に使って彼はホットケーキを食べだした。座る前に朝ごはんを食べたかどうか尋ねたが、「おにんに!」としか答えてくれなくて、小一時間頭を悩ませたのだが。結果的にはおにぎりを食べてきたのだろうということで自己完結させたのだが。
 朝ごはんを食べてきた割りには、彼の食いつきっぷりはなかなかのものだ。これぞ成長期か。一口サイズに切ってあげてたのがよかったのか、ぱくぱく食べては、ホットミルクを飲み、またパクパク。食べるのを中断しても見たくなるほどの可愛さに、頭を抱えたくなったのは内緒。

「おいしい?」
「うん、おいしい!」
「それは良かった」
「愛美おねえちゃん、ほっとけーち、じょうずだね〜」

 ちょっと舌っ足らずなところにキュンキュンしながら考えるのは、これからのこと。
 さてさて、テツ兄は出勤したということは暫く連絡は取れないだろう。両親だって旅行中に娘からのヘルプメールなんて見たくないだろうし。さらに困ったことに私には兄弟がいないため、幼い子のお世話は今回が初めてである。我ながら本当に上手く焼けたホットケーキを咀嚼しながら悶々と考えた結果、脳内には1人のクラスメイトの姿が浮かび上がる。
―― そういえばアイツ、妹が居るんだったっけ。
 キッチンカウンターに置きっぱなしだった、買ったばかりの新型スマートフォンを操作して、思い浮かんだクラスメイトのメールアドレスを呼び出す。…すまんな、お前の春休みも犠牲になってもらおうか。

「おねえちゃん、なにしてるのー」
「内緒」

 気になる気になるとしっぽを振る子犬のようなりょーたくん。そのほっぺたについた食べかすを、所謂ヒョイパクしたら、彼は「愛美おねえちゃんのえっちー」とバタバタ。自分はほっぺにちゅーしといて、その反応しちゃうのか!なんて、理不尽な現実に目を見開いてしまった。ううん、目が乾く。

(121012)
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