・働くってなに?
 労働の義務とかなんとか。高校出て、大学も卒業したら、いつの間にやら社会の荒波に揉まれまくって。行き着いた先はフリーターってやつ。緑間に云わせりゃ、ただのプー太郎。否定はしない。奴とは違って、目的もなく短大に進学して、内定もらって卒業して。んで就職したけど、なんか違う。その『なんか』に囚われて、さよなら社会人ってな。家は一人暮らしするって息巻いて出ちまったから、戻りにくい。かといって資金は底つく一方。気がつきゃ足は緑間の家に向かっておりましたとさ。「住まわせて」と言った時の奴の顔は傑作だと思う。今でも。

・ニートの楽しさ?
 別段楽しいって訳でもないさ。ただ…なんつーの?人の顔色窺う日々からの脱却っていうか。昔は向いてると思ったけど、理不尽な大人の顔色まで伺えなかった自分の弱さ的なもんもあるだろうけど。一言でいうなら、俺、社会人向いてねえ。高校とかの学生感覚が楽しすぎたみたいでさ。今は自宅警備員…、あ、自宅じゃねえわ。緑間家警備員がしっくりきすぎて、全くもって働く気にならないのだよ。…まあ、楽しいわな。


「だからお前はダメなのだよ」
「うわ、朝飯作ってくれてる相手にそれ言う?」

 小さなダイニングテーブルに腰掛けた緑間がモーニングコーヒーを啜りながらピシャリと言い放った。おいおい、お疲れの研修医様にご奉仕してる人間だぞ。と前にも同じようなやり取りをしたら「住まわしてもらってる分際で、やけに強気だな」と凄まれてしまった。勿論ここを追い出されたら、家なし・金なし・職なしの社会のクズになってしまう。ちなみにすでにリーチがかかっているのは内緒だ。

「いいか高尾。好い加減、仕事を探せ」
「えー…、社会が俺におっついてねえから」
「高尾」
「うそうそ…、つっても、マジでやりてぇって仕事ねえんだよ」

 選り好みできる時代じゃないってのは重々承知しているが、やりたくないことは長続きしない。前回の経験で、それが分かっている自分もそうだが、緑間もなんとなく分かるらしい。彼は好き好んで医学の道を目指しての今。きっと他の職に就いた自身の姿を想像したのだろう。眉間に皺を寄せ、もう一度コーヒーを啜っていた。

「気持ちはわかるが…、求人チェックは怠るんじゃないぞ」
「わかってますよっと!はい、和成くん特製クロックムッシュ」


分かっていても出来る事と出来無い事がこの世には存在するのだ。


 夕飯の買い物のために繰り出した街。…って、この一文すげえ主夫くせえな。あー、婿養子もありだな。まじで。なんて事を考えつつ歩く街並みは、少しずつ昔と顔を変えていく。その一角。やたらとお洒落なアパレルショップが目に付いた。飾られているマネキンも好みの服であるため、すこしずつ少しずつ足はそちらに向かっていった。
 入るか入らまいか悩んでいる時、店の扉が開く。一人の男性をにこやかに送り出す、どこからどう見てもキャリアな女性。その人は店内に戻ると、誰も見ていないと思ったのだろう。従業員たちを怒鳴りだした。擬音にするならば、まさにガミガミ。緑間とまったく同じ怒り方だ。
 ひと通り注意し終えたらしい。従業員たちは腑に落ちない顔で各々の持ち場へ散らばる。その様子をしょんぼりとした様子で見守る女性。やばい、これはヤバイ。高尾和成、未だ20代前半。どうやら女性のギャップに弱いらしい。あの笑顔も、怒りで釣り上がった瞳も、あの寂しそうな、泣きそうな顔を隠していたのだろうか…なんて考えだしたら、マジやべぇ。

 店の窓に貼りだされていた求人。条件なんかどうでもいい。ここに来ればあの人の近くにいれる。それだけでいいのだ。あの人の表情が己の手によって自由自在に変わってしまう…とか最高じゃん。
 走り書いた電話番号を改めて携帯に打ち込む。弾む心は隠せそうにない。真ちゃん、やべえよ。俺、一年ぶりぐらいに働くわ。

「あ、もしもし…求人のチラシ見たんスけど、」


(121001)
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