03

ハロルドと機械の修理に行く話




 ざわざわと活気溢れる人の声が渦巻く。この辺りの通りも随分と整備されたものだ、と前回訪れたときのことを思い出して感心してしまった。
 古都ダリルシェイド。あの騒乱の終わり、空から降り注いだ外殻によって街の大部分が破壊され、それから十八年経っても元の姿には戻れていなかった街。それが、この数ヶ月で見違えるほどに美しい姿になっていた。


「それにしても、あのダリルシェイドがここまで復興するなんてな。やっぱり、故郷があのままってのも寂しいもんだからなあ」

「四英雄も復興支援してるんだろ? 金銭の支援だけじゃなくて商人を呼び寄せたり神殿から人を遣わせたりしてるって話だ」

「あと、噂によると毎月纏まった金をこの街の復興団体宛に贈ってる人間がいるんだとよ。未だに誰かはわかっていないらしいんだがな」


 この世界も捨てたもんじゃないよな。
 豪快な笑い声と共に旅人だろう男たちが僕の横を過ぎ去っていく。故郷、という言葉に、僕はフードを深く被り直した。顔を見られてしまったら騒ぎになるかもしれない。用心するに越したことはない。
 街の中央あたりの宿屋へと真っ直ぐに進む。道には露店がいくつも並び、住人たちが店主と会話を交わしている。フードのお兄さん、ひとつどうだい。声を掛けられ、振り返る。人のいい笑みを浮かべた男が林檎を片手に僕を見ていた。僕は懐から財布を取り出し、林檎を五つ購入する。林檎は瑞々しい赤色をしていた。


「あ、ジューダスさん。いらっしゃいませ」

「ああ。……あいつは迷惑を掛けていないか?」

「ええ、何も。たまに大きな音がするくらいですが、そこはほら、まだそんなにお客もいませんので」


 宿の扉を潜り、店番をしていた宿の主人に挨拶をする。すっかり顔馴染みとなった主人の言葉に苦く笑い、先程買った林檎を三つ手渡した。迷惑料にはほど足りないだろうが、何も持ってこないのはさすがに良心が咎める。主人は最初こそ遠慮していたが、この頃は僕の手土産も素直に受け取るようになっていた。
 ついでに今日の夕飯はどうするか聞いておいてもらえますかね。背中に飛んできた言葉に頷き返した僕は二階へと上がり、奥の方の部屋を目指す。がたんがたんと異音が聞こえる部屋の前で立ち止まって、僕はその扉を一思いに開いた。


「ハロルド」


 部屋の中は凄惨たるものだった。どこが床なのかわかりやしない。相変わらずの汚さに顔を顰め、ぽっかりと空いたスペースで何やら機械を弄っている女の名前を呼ぶ。
 派手な色をした頭。ごてごてした服の上に白衣を羽織って、その白衣も何の薬品が付いたのかところどころが薄汚れている。
 ──ハロルド・ベルセリオス。
 歴史に名を残す稀代の天才科学者であり、あの時確かに旅を共にしたハロルド。千年前の人間。そんな彼女が何故、彼女が生きた時代から千年後のこの時代にいるのか。どうやってこの時代までやって来たのか。僕らはまだ、知らずにいる。


「なあによお。ノックくらいしなさいよ」


 不満気な口振りだが、表情はいつも通り飄々としたものだった。こちらを見ることも無く機械を弄り続けるハロルドに向かって片手に持った林檎を投げた。ハロルドはやはり視線を遣ることなくその林檎を掴んでみせる。


「仕事だ」

「嫌よ。私、忙しいの」

「ガラクタ造りだろう。いいから付いてこい」

「ガラクタ!? この天才科学者ハロルド・ベルセリオスの発明品に向かってガラクタって言った!?」

「その『天才科学者ハロルド・ベルセリオスの発明品』の材料を持って来てやっているのは誰だと思っている!」


 ちぇ、と面白くなさそうに口を尖らせるハロルドを半ば引き摺って部屋から連れ出す。部屋の鍵を掛けることもなく僕に続くハロルド。引き摺っている僕が言うことではないが、発明品とやらが盗まれることは考えていないのだろうか。盗んだところで誰も使えやしないと思っているのかもしれないが。


 ある日突然僕たちの前に姿を現したハロルド。とりあえずしばらく寝泊まりする場所が欲しいんだけど、というハロルドにダリルシェイドの宿を紹介したのは僕だった。以前、僕にある依頼をしてきた宿の主人は、僕の知り合いだというハロルドを快く引き受けてくれた。以来、彼女はあの部屋を寝床にしている。
 そんな彼女を外に連れ出すのは専ら僕の役目だった。連れ出さなければ外に出ようともせず日がな一日発明と称して何やら怪しげな機械を造っているからだ。
 レンズ技術に長けたハロルドをレンズ製品の修理の依頼に連れて行く。ハロルドは嬉々として修理を行い、僕は依頼を達成できる。当然、報酬は山分けだ。その金を使ってハロルドは僕に発明だか研究だかに必要な材料を届けろと依頼をする。僕はそれを届け、ハロルドは研究を続ける。そんな循環。


「そういえばあんた、こないだ足が欲しいって言ってなかった?」

「言ったな」


 僕の仕事は世界を巡る。徒歩や船で移動をしていたら効率が悪い。そう考えた僕は駄目元でファンダリア国王であるウッドロウに地上軍拠点跡地に格納されているイクシフォスラーを使わせてくれないかと頼みに行ったことがある。ウッドロウは僕の頼みに二つ返事で許可を出し、とんとん拍子でイクシフォスラーは僕個人の所有物となった。せっかく運転ができる人間がいるなら使った方が開発者も喜ぶだろう。そう言って笑ったウッドロウに、まさか本当に開発者が喜んでいるとは伝えられなかった。
 かくして僕の足は主にイクシフォスラーとなったわけだが、如何せんその機体の大きさに街の近くに着陸すると目立ってしまう。大量の荷物を運ぶ依頼をこなす際は困らないのだが、できれば一人乗りの移動手段が欲しいものだ。そんな話をハロルドにしたのは前回会ったときだったか。


「設計はできたからあとは材料と組み立てる場所ね。まあ私はダリルシェイドの外で造ってもいいんだけど」

「さすがに目立つからやめろ。デュナミス孤児院の裏庭でも使わせてもらえ」

「じゃあ後で材料のメモ渡すから調達よろしく!」


 鼻歌でも歌い出しそうな調子のハロルドに呆れてしまった。どんな無理難題を出されるのか、考えただけでも気が重い。いつだったかハロルドの研究材料を集めにトラッシュマウンテンでゴミ漁りをしたときのことを思い出して溜め息をついた。


「待たせたな」

「ああ、何でも屋さんですね! 今日はよろしくお願いします!」


 ダリルシェイドの近くに停めていたイクシフォスラーに乗り込み、機体を飛ばすこと二時間ほど。ノイシュタット付近に着陸し、僕はハロルドを連れて街外れの工場を目指した。それほど大きくはないその工場は、この時代になってもまだオベロン社製のレンズ製品を使って生産している珍しい場所だ。生産の要である機械の調子が悪いので修理してほしいというのが今回の依頼である。
 依頼主がちらりと僕の隣に立つハロルドを見た。あまり部外者を入れたくはないのだろう。寝癖だらけの髪に薄汚れた白衣を纏った人間を不審に思うなと言う方が無理な話だ。気持ちはわかる。


……失礼ですが、そちらの方は?」

「今日はこいつが修理を担当する。僕の仲間のハロ、」

「カミーユよ。カミーユ・ベルセリオス」

……だそうだ」


 僕の言葉を遮って何食わぬ顔で僕の知るものとは違う名前を名乗るハロルド。偽名と言えないのは、彼女の『ハロルド』という名前も偽名だと知っているからに他ならない。
 ハロルドの名前、そのファミリーネームを聞いた依頼主が目を瞠る。


「へえ、ベルセリオス! かの有名なハロルド・ベルセリオスと同じ姓じゃないですか!」

「ぐふふ、そうなのよ。珍しいっしょ?」


 同じ姓もなにも。思わず口から漏れそうになった言葉はハロルドのきつい眼差しで腹の奥へと消えていった。機嫌を損ねて依頼をふいにしてしまってはたまらない。ここは黙っておくのが吉である。
 工場の中へと案内され、耳を塞ぎそうになった。けたたましい音が工場内に響いている。明らかに異常を告げるそれは、フロアの真ん中に鎮座した大きな機械から発せられるものだった。修理してもらいたいのはこれなのですが、と額に汗を浮かべた依頼主が言う。
 ハロルドの目が、一瞬にして研究者のそれに変わる。


「二、三日もあれば修理できますか? それとも一週間は必要でしょうか。できればあまり止めたくないのですが、それくらいならばなんとか……


 依頼主の話を聞きもせず、ハロルドがじろじろと機械を眺める。巨大な機械をぐるりと一周。逆回りで更に一周。そして恐らく操作盤だろう場所の前で止まり、ふむ、と一言。


……カミーユ」

「一時間よ」


 名を呼ぶ僕に、端的に告げる。彼女の思考は既にこちらにない。


「だそうだ」


 ぽかんと口を開けた依頼主は、ハロルドが背負った鞄を下ろす音ではっと我に返った。首を振り、慌てたようにハロルドの前に駆け寄る。


「いや、しかし、こんなに大規模な機械ですよ!? 随分古い型ですし、オベロン社の社員だった方でもないのですよね!? い、一時間はさすがに……

「ごちゃごちゃうるさいわね。私が一時間って言ったら一時間で済むのよ」


 ハロルドが鞄の中に手を突っ込む。ありとあらゆる工具を取り出し、手始めにとハロルドは躊躇いなく機械の電源を落とした。次いで、操作盤から少し離れた場所へと向かい、工具を使って勢いよく装甲を剥ぐ。ひい、と依頼主が悲鳴を上げた。


「一時間だな。僕は少し出てくる」


 今のうちに依頼主と報酬の話をしようと僕はハロルドにそう言葉を投げた。ハロルドは目の前の機械から目を離さないまま、ただその手に持った工具をひらひらと振っていた。
 未だ不安そうにしている依頼主の背を押してフロアの外に向かわせる。僕は依頼主が歩き出したのを見届けて素早くハロルドの元へと戻った。


「おいハロルド。妙な改造を加えるなよ」

……ちぇっ」


 悪戯がばれた子どものように口を尖らせるハロルドに僕は再び溜め息をつく。まったく、油断も隙もない奴だ。釘を刺しておいて正解である。


「あ、ジューダス」


 ハロルドが依頼主を追おうと足を踏み出した僕の名を呼んだ。振り返る。にんまりと笑ったハロルドに、嫌な予感がする。


「私の分の報酬、あんたがそのまま持ってていいから。代わりに、それで研究の材料調達を依頼するわ」

……今度は何が欲しいんだ」

「ベルセリウムよ!」


 任せたわよ、とすっかり上向いた機嫌で言われ、僕はぐうと唸り声を上げた。一体何度目だ、怒鳴りそうになるが、依頼なのだからそうもいかない。仲間とはいえ依頼を蔑ろにするのは信条に反する。そもそも、そのベルセリウムを使って小型飛空挺を造るつもりなのだろうから僕に拒否権はないのである。
 この世界で最もベルセリウムを探すのに適したのは天地戦争時代の遺産が数多く眠るカルバレイスのトラッシュマウンテンだ。あのゴミとガスの臭いを思い出し、憂鬱な気分になる。ベルセリウムを見つけたらホープタウンに立ち寄ってナナリーに食事を振る舞ってもらうか、と思わず現実逃避をした。
 フロアの外で尚も不安そうに立ち尽くす依頼主の姿に思考を切り替える。今は仕事中だ。余計なことを考えている場合ではない。


「報酬の話だが」

「あ、あの……! 失礼ですが、本当にあの方にあんな古い機械を直せるんですか?」


 古い機械。なぜだかその言葉がツボに入り、危うく噴き出しそうになった。たかだか二十年程度前の機械が古い。一般人の感覚では確かにそうだろうが、僕は千年前の技術を持った人間を知っている。
 被ったままのフードを少しずらし、依頼主の顔を見た。僕の口端は、愉快そうに吊り上がっていたに違いない。


「安心しろ。あいつは間違いなく、この世界の、ありとあらゆる時間軸の中で一番の『天才』だからな」




十万ガルドとベルセリウム




20210221




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -